第8話 初めての仲間

「――それから私は騎士の人を連れて、急いでお母さんのところに戻ったわ。でもそこにあったのは大量の血痕と、お母さんが着けていたネックレスだけだった」


 そう言ってナタリーは辛い過去の話に終止符を打ち、首にかけるネックレスを指先で触ってみせる。

 どうやらそれが母親が着けていた形見らしい。


「……親父さんは?」

「お父さんは行方不明。その後街中の駐屯地に聞いて回ってみたんだけど、お父さんの姿を見た人はどこにもいなかったって」


 そう語るナタリーの目には、今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいた。

 行方不明として処理されてはいるが、魔物が街に侵入し、それの最前線で戦う職に就いていた父親だ。

 生存している可能性は絶望的だということに、ナタリーは薄々気づいていた。


「そう……だったのか」

 

 ナタリーの話は重く、想像を絶するほどに心苦しい話だった。

 牢獄の中でドワーフが話していた、魔王を自称するヒューマンによる侵略。

 それが当時、まだ幼かった少女に悲劇を招いた。


「私は、魔王を倒したい。お父さんとお母さんの仇を取りたい。そこでリューイチ、私は頼みたいことがあって貴方を助け出したの」


 溢れそうな涙を精一杯抑えながら、ナタリーは話の本題に差し掛かる。

 悲しい過去を持ち、彼女自身もまだそれを払拭ふっしょくしきれていないようだが、それでも彼女は真っ直ぐに前も向いて、今を生きようとしていた。


「……どうしたの?」


 ところがナタリーは、俯いたまま目を合わせようとしないリューイチを見かねて言葉に詰まる。

 ナタリーが過去の話を話し始めてから、リューイチは常に下を向いていた。

 どうしたのかと下から覗き込むように表情を伺ってみると、

 

「……え?」

「うっ……えっぐ……ひくっ……」


 リューイチのまぶたから、大粒の涙がいくつもあふれ出していた。

 二十歳を越えた成人男性が、大人げもなくめそめそと泣いていたのだ。


「な、なんで貴方が泣いてるの?」


 いきなり目の前で涙を流され困惑するナタリー。

 手をわたわたと動かし、どうしたらいいのか分からないという様子をみせる。


「だ、だってさ……、ぐすっ。悲しすぎるだろ……。小さい頃にご両親を亡くしてるなんて……」


 リューイチが泣いている理由は他でもない。

 ナタリーの辛い過去を聞き、感慨して泣いていたのだ。

 昨日初めて顔を合わせたばかりの、名前と種族しか知らないほぼ他人の話を聞いて。


「悲しかっただろうなぁ……。辛かっただろうなぁ……。お、俺に出来ることがあるならなんでも言ってくれ……ううっ」


 ぐすぐすと涙を流しながら、リューイチはそう呟く。


 五歳という幼少期に親を亡くし、これまでずっと一人で生きてきたナタリー。

 魔王を名乗るヒューマンがこの世界に現れたのが十年前だと言うのなら、恐らくそれくらいの期間を、ずっと一人で生きてきたのだろう。

 どれほどの耐え難い苦痛と、苦難に立ち向かってきたのか。


 リューイチには想像すら出来なかった。

 いや、考えただけで、ナタリーという十六にもなっていない少女がかわいそうで仕方がなかったのだ。

 考えれば考える程、リューイチの涙は勢いを増していた。


「……ぷっ」

「……んぇ?」

「ふふふ……あははははははは!」


 そんなリューイチを見て、ナタリーはつい吹き出す。

 そして堪えきれなくなったのか、可愛らしい声で高らかに笑い出した。


「な、なんで笑うんだよ……!?」


 依然涙をポロポロと流しながら、リューイチは笑いの真意を問いただす。


「だ、だって……! ほぼ初対面の人の話を聞いて泣き出すなんて……! 他人の過去の話を聞いて泣くとか……! どれだけ感情移入してるのよ……!」


 恐らくナタリーはただ純粋に、他人の話で涙を流せるリューイチがおかしく感じただけだろう。

 だが当の本人からすれば分かっていても小バカにされているような感覚だった。


「~~~~~!」

「か……顔真っ赤……!!」


 恥ずかしくなり、顔だけでなく耳までも赤くするリューイチ。

 ナタリーはそれさえもおかしく感じ、さらにクスクスと笑いだした。


 ――ああ。やっぱめっちゃ可愛いなぁ。


 他でもなく、自分の方を見て笑顔を向けるナタリー。

 笑っている理由はどうであれ、先ほどまで目に涙を浮かべていた少女が笑顔になってくれている。

 その顔は無邪気な子供のようで非常に可愛らしく、先ほどまでの上品な立ち振る舞いが嘘みたいだ。


「……ふ、ふふっ。ははははははは!」


 その笑顔を見ていると、なぜかリューイチも自然と笑い声をあげていた。


 遠くから朝日が顔を覗きだし、日影ができはじめた明朝の墓地。

 そこにはしばらく、二人の男女の笑い声が響き渡っていた。


     ※


「そ、それで私が貴方を助け出した理由なんだけどね……」


 しばらくしてから落ち着いたナタリーは、笑い顔を見られたのが恥ずかしかったのか、少し顔を赤くして話を戻す。

 リューイチはそれに習うように真面目に話を聞く体制を整えた。


「ヒューマンである貴方に、魔王討伐を手伝ってほしいの」


 親を魔物たちに殺され、その魔物たちを統治していたと思われる元凶、魔王。

 魔王はヒューマンであり、この世界において最強種族。

 その他の種族ではどれだけ束になっても、勝機の薄い存在だ。


 ならば、最強種族には最強種族を当てればいい。


 それがナタリーの考えであり、リューイチを助けた理由だった。


「なるほど……」


 この世界において、『魔王をブッ殺す』ことを目標としているリューイチ。

 それはつまり彼女の口にする『魔王討伐』と同じ意であり、利害関係は完全に一致する。

 一人よりも二人。二人よりも三人だ。


 それに彼女は冒険者であり、既に魔物の討伐に何回も赴いているだろう。

 つまりは戦闘知識を他よりも多く持っているということだ。

 まだまだこの世界の情報が足りず、明日衣食住の手配すら出来ていないリューイチ。

 そこに戦闘知識を持った協力者が出来るということは、とてもありがたいことだ。

 

「いいぜ。俺も魔王には個人的に恨みがあるからな。君に付き合うよ」


 考えるまでもなく、リューイチは彼女の誘いを承諾する。


「それ、違う」

「え?」

「貴方がこれを承諾した時点で、私達は協力者、『仲間』よ。リューイチは仲間のことをなんて呼ぶの?」


 ナタリーはそう言って、ニッといたずらにはにかんで見せた。

 

 ――畜生、いちいち笑顔が可愛い。


 リューイチは少し照れながら、彼女をこう呼んだ。


「よ、よろしくな……ナタリー」


 ナタリーはそれに応えるよう、力強く頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンヒューマンワールド リズ @rezzz

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ