第46話 切り札
――アリサ、だめだ!
息ができず、声をだせないぼくは彼女に目で訴えかける。
「心配しないで」
ぼくの頬にやさしくふれて、アリサがほほ笑む。そして、彼女は表情をひきしめると、義父さんのほうへむいた。
「おじさま、行きましょう」
言って、アリサが義父さんへ近づく。
義父さんは目を細めてアリサを見、握りしめた手をややゆるめた。
途端。ぼくの喉は、ぎりぎり息ができる状態になる。
――義父さんは、アリサに危害をくわえるつもりかも。行ってはいけない!
必死に忠告しようとしたが、しめつけが完全にとけていない喉では言葉にならない。
ぼくが必死に声をだそうとするあいだも、アリサは義父さんへむかって歩みを進めていた。
――アリサ、行くな!
そのときだ。
突然に「キュイン!」と、けたたましい獣の鳴き声が聞こえた。
義父さんもふくめ、ぼくらは驚いて鳴き声のするほうへ目をむける。
目をむけたさきで、尋常でない速さで突進してくる一台の馬車を見た。
「ば、馬車?」
驚きと疑問のいりまじった声で、ロザリーが叫ぶ。
またたく間に、馬車はぼくらのいる場所に到達しそうだ。そして、近づくほどに、馬車の進むさきが義父さんとアリサのいるあたりだと推測がたった。
「アリサさま、危ないのです!」
エスミーが悲鳴じみた声をあげる。
「きゃあ!」
アリサ自身も身の危険を感じ、叫んだ。
「な、なんだ?」
義父さんも驚いて
直後。ぼくは喉がいっきにゆるむのを感じ、ふつうに息ができはじめた。
どうやら義父さんが動転し、握りしめていた右手がゆるんだらしい。
力まかせに、ぼくはペンダントをちぎり捨てる。そして、その場に座りこみ、ごほごほと咳こんだ。
馬車はアリサの目と鼻のさきで、義父さんとアリサのあいだに急停車する。まるで馬車は、ふたりをへだてる壁のようだ。
馬車が突進してくる恐怖からだろう。アリサはぎゅっと目を閉じていたが、ゆっくりと目をあけると、目のまえの馬車を見あげた。
「ニ、ニコラス!」
馬車の御者台にいる人物を見て、アリサが目をまるくして叫ぶ。
はたして、馬車の御すのはニコラスだった。
ニコラスはこちらへはふりむかず、御者台のうえで立ちあがる。同時に彼は、立ったまま義父さんを見おろした。
「御者風情がなんのつもりだッ!」
義父さんがニコラスを見あげ、余裕なく叫ぶ。
しかし、ニコラスは義父さんには答えない。ぶつぶつとつぶやいた直後。彼は右手を天にかかげた。
「
右手をあげきった瞬間、ニコラスが叫ぶ。
叫ぶのとほぼ同時に、けたたましい雷鳴とともに視界がまっ白くかんじるほどに明るくなった。
明るくなる直前。稲妻が義父さんを襲うのをぼくは見た。
――打たれた!
ぼくはそう感じた。
しかし、明るさが消えたあとも、義父さんはよろけながらも立っていた。
パリンと軽い音がしたかと思うと、義父さんのタイピンの玉がくだけちる。
義父さんのタイピンは、どうやら自然現象にも耐性のある魔道具だったらしい。
「なんと、わたしの魔法を魔法石で防いだか!」
感心してニコラスが言う。
「ぎょ、御者が神解きを?」
信じられないのだろう。ファビオが目をぱちくりさせる。
「カイ殿、これを!」
呆然とするぼくに、ニコラスは細長くも大きな包みを投げてよこす。
投げ渡された包みがぼくの腕のなかで、ガシャンと金属音をたてた。ずっしりと重い。
包みをあける。すると、すがたをあらわしたのは長剣だった。
「魔導騎士見習いを目指されていたのですし、剣はおつかいになれますね? わたしは再度、魔法詠唱を行います。ですので、これで時間を稼いでいただけますか?」
ニコラスは義父さんと対峙したまま、ぼくに言う。
「は、はい!」
ぼくは驚きながらも、剣を鞘からぬいた。そして、馬車と義父さんのあいだに移動すると、剣をかまえる。
ぼくがニコラスのまえに立つと、彼は詠唱を開始した。
「くッ! まさか、こんな
ぼくとニコラスが共闘体制をとるのを見て、苦々しい表情をした義父さんがまた一歩退く。
そして、苦しまぎれのにやけ顔をつくると「どうやら、わたしの分が悪いようだ」と言った。
「義父さん、観念してください!」
言葉で牽制しながら、ぼくは義父さんとの間合いをつめる。
義父さんはなにも言わず、もう一歩うしろへ退く。そして、ぼくにもニコラスにも注意をはらわず、馬車の横腹にむかってうやうやしくお辞儀した。それは、アリサのいる方角だ。
思いもよらむ義父さんの行動に、ぼくは一瞬たじろいだ。
「アリサさま。あなたを手にいれるのは、べつの機会にいたします」
深々と頭をさげたまま、義父さんが言う。
いつの間に取りだしたのだろう。義父さんは、小さな光る物体をぽとりと地面に落とした。
――魔法石だッ!
ぼくがさっした瞬間だった。先ほどのニコラスの神解きとは比べ物にならない光が魔法石からはなたれる。その光はあたり一面を包みこみ、ぼくらはしばらく視界を奪われた。
ようやく視界がもどったときには、義父さんのすがたはどこにもなかった。
「カイ、だいじょうぶですの?」
ロザリーがぼくに駆けよる。
「うん。なんとかね」
言って、ぼくはロザリーにうなずく。それから「それより」と言い、アリサに歩みよった。
「けがはない?」
座りこんで馬車を見あげるアリサのまえにひざまずき、ぼくはアリサにたずねた。
しかし、アリサは問いに答えない。じっと御者台のうえのニコラスの背中を見つめている。
「アリサ、どうしたんだ?」
ぼくは不信に思って、もう一度アリサに声をかける。
それでも視線はそのままで、アリサは黙りこんでいる。
そのうちに、ニコラスがこちらをむいた。そしてアリサを見、ぼくらを見まわすと笑顔で口をひらいた。
「さあ、みなさん。もう夜も遅い、お
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます