第九章 嵐が去った後
第47話 再挑戦!
「とりこんで、倍増して、かえす」
ここは正妃さまのサロン。
カノーバ邸での事件から2週間ちかく経ったある日の昼下がり。正装に身をつつんだアリサは、真剣な表情で『芽吹きの祝福』を練習用の種子にほどこしていた。
現在、魔法をかけている種子は種皮がやぶれ、白い根をすこしだけ種皮のそとにだしている。しかし、しばらく見ているがそれ以上に成長がすすむ様子はない。
「限界、ですかね?」
種子をのぞきこみ、ぼくはつぶやく。
「限界のようね」
正妃さまも右頬に手をあてて首をかしげ、ぼくと同じ意見をのべた。
「はい。限界なのです」
エスミーも大きくうなずくと、きっぱり言う。
「ええ? どうして?」
種子から視線をはずし、アリサが不満の声をあげた。
「しなびなかっただけ、ましにはなりましたね」
正妃さまがアリサをなぐさめる。
「そんな! このまえは、カイの傷を治せたのに?」
今にも泣きだしそうな表情でアリサが不満を口にする。
「必死さの問題かしらね?」
言って、正妃さまは苦笑いするばかりだ。
「うう」
アリサは言葉にならない声をあげ、肩をおとす。
「カイさま。顔色が悪いのです」
アリサと正妃さまのやり取りを見ていたぼくに、エスミーが声をかけた。
ぼくはアリサがつかった練習用の種子に、ちらりと目をやり「うん」と応じる。それから、横目でエスミーを見て言った。
「急に、自分がよく生きてたなって思えてね。うっすら
ぼくが答えると、エスミーは『いたたまれない』とでも言いたげな表情をする。
そこへ、ぱんと手をたたく音がした。手をたたいたのは、正妃さまだ。彼女は言う。
「さあ。今日の練習はここまでにしましょう」
アリサが「はい。お母さま、また夕食のときにね」と、多少
「ええ。また、あとでね」
正妃さまがアリサにほほ笑む。
ほほ笑みをかえしながら正妃さまにうなずくと、アリサは「カイ、エスミー。行きましょう」とぼくらに声をかけた。
アリサの言葉に、ぼくは少しあせる。
「すみません、アリサ王女。ぼくはまだ、正妃さまとお話があるのです」
正妃さまのまえでの発言のため、ぼくは丁寧な口調でアリサにつげた。
「そうね。カイには、のこってもらいましょう」
ぼくの言葉に、正妃さまが同意する。そして「ロザリーは、もう来ているの?」と、ぼくにたずねた。
ぼくは「はい。サロンのそとで待機していると思います」と言って、うなずく。
すると正妃さまが背後にひかえるメイドに目配せした。
目配せされたメイドが正妃さまに一礼し、来客用の扉からサロンのそとへ出る。
「そっか。じゃあ、わたしは庭園を散策しているから。あとでね」
納得した様子でうなずき、アリサが言った。ぼくが「はい。のちほど、まいります」と返事をすると、アリサはエスミーをつれてサロンを退出する。
アリサと入れかわりに、ロザリーがサロンに入室した。
「失礼いたします」
ロザリーは緊張した声色であいさつする。
「こんにちは。ロザリー」
正妃さまがやさしくほほ笑んでロザリーをむかえいれた。
ロザリーは足早に僕の横に立つと、深々と正妃さまに頭をさげた。
「このたびは父が、いいえ。当家のアドレムがたいへんな不敬をはたらき、おわびのしようもございません!」
頭をさげたまま、ロザリーはいっきにそう言う。彼女にならい、ぼくも正妃さまに頭をさげた。
義父さんの事件の後処理がひと段落し、事件の全貌がおぼろげながら見えはじめた。これを機会に、ぼくとロザリーはあらためて、謝罪の場をいただいたのだ。
謝罪の申しいれの際には、アリサも口利きしてくれた。
それに、ぼくとロザリーが今でも王城に入城が許されるのも、アリサの助言のおかげだ。
「驚きました。あのアドレムがあんな行動にでるなんて」
先ほどアリサと話していたときとは、明らかにちがう声色。正妃さまは、眉をよせてロザリーに応じる。
「寝食をともにしながら、当家の当主が大それた策謀をめぐらしていると、わたしは気づきもしませんでした。これは、当主の娘である私の罪も同然です!」
頭をさげたまま、ロザリーが主張する。そして、さげていた頭をさらに低くして「なんなりと、ばつをお申しつけください!」と、思いつめた声色でつづけた。
それから、すこしだけ頭をあげて正妃さまと目をあわせると「ですが」と口にする。途端、また目線を床に落とすと、なおも彼女は話しつづけた。
「もしお許しいただけるなら、
ロザリーの出しねけの言葉に、ぼくは耳を疑う。
思わず頭をもたげ「ロザリー! 何を言ってるんだ」と、彼女をにらんだ。
ロザリーは頭をさげたまま、ぼくに答える様子はない。
ぼくは、すぐさま正妃さまに訴える。
「正妃さま! ぼくも養子とは言え、レーン家の人間です! ロザリーと同様に処罰されて
ぼくの主張に今度はロザリーが頭をあげ、きびしい表情でぼくをにらんだ。
「カイ! あなたは黙っておいでなさい!」
まるで母親みたいな物言いをして、ロザリーがぼくを
「いやだ! ロザリーだけを悪者になんてさせられない!」
主張をまげる気のないぼくは、ロザリーをにらみかえす。
「ふたりとも、おちつきなさい」
ぼくとロザリーの口論を、正妃さまが止めにはいった。
「し、失礼しました!」
正妃さまの御前であるのを思いだし、ぼくとロザリーは慌てて頭をさげなおす。
「あなたたちの気もちは、わかりました」
頭をさげていて顔は見えないが、正妃様の口ぶりから呆れが読みとれた。もしかしたら、笑っているかもしれない。
ふっと正妃さまと思われるため息の音がする。それから「では、こうしましょう。ロザリー」と言って、正妃さまが話しだした。
「あなたの父君は急な病をえて、田舎での長い療養が必要になったのです。そして、療養さきにむかうまえに、実の娘に家督をゆずった。これでどうかしら?」
正妃さまの思いがけない言葉にぼくとロザリーは驚き、ふたりして頭をあげる。
「そ、そんな寛大なご処置、許されません! 実害をうけたアリサさまも納得されないでしょう!」
ロザリーが叫び、主張した。
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