第48話 ロザリーのねがい

「いいえ。わたしは、ふたりに感謝しているのです。あなたたちがファビオの行動を不審に思い、アリサのもとに駆けつけてくれた。だから、わたしは今も、アリサの元気なすがたを見れるのです」


 言って、アリサがでていった扉に正妃さまは愛おしけな視線をむける。それから彼女は、ぼくらをあらためて見て「アリサも、あなたたちに感謝していますよ」と口にし、ぼくらに笑みをむけた。


「アリサさまが」


 戸惑った様子で、ロザリーがつぶやく。

 正妃さまは「ええ」とうなずき、つづける。


「それに、暗示にかかった人たちも、暗示にかかった事実を恥じてはいましたが、公にするのを望んでいません。そのほかに実害をうけたのは、アリサを助けるために大けがをしたカイだけです。だから、これでおわりにしてほしいの。そうでないと、アリサがわたしをゆるさないわ」


 そう言うと、正妃さまは「まだ、末娘に嫌われたくないのよ」と、困り顔をする。


 許しを求めたつもりが、許しを請われた。おかしな状況に困惑し、ぼくとロザリーは顔を見あわせた。つかの間、ロザリーはぼくを見つめた。そして、なにもかもを飲みこむがごとく息をすうと、表情をひきしめなおして正妃さまを見た。


「寛大なお心づかいに、心から感謝いたします!」


 言いながら、ロザリーは深々と頭をさげる。

 ぼくもロザリーにつづいて、正妃さまに頭をさげた。


 こうしてレーン家の当主は、ぼくの義姉であるロザリーがひきついだ。


「ところで、カイ」


 正妃様に呼ばれ、ぼくは「はい」と言って顔をあげる。

 ロザリーも、ぼくにつづいて頭をあげた。


「あなた、魔導騎士見習いの職を希望していましたわよね?」


「ええ」


 きょとんとして、ぼくは短く返事する。


「今からでも、なる気はありますか?」


「え?」


 思いもしない正妃さまの言葉を聞いて、ぼくは目をまるくする。

 そして、ロザリーとまた顔を見あわせた。


 ◆


「き、緊張しましたわ」


 正妃さまのサロンから退出すると、ロザリーが大きなため息をついた。

 ぼくはロザリーに「そうだね」と同意し、言葉をつづける。


「でも。許していただけて、よかったよ」


 言って、ぼくはロザリーにほほ笑みかけた。

 ロザリーも「そうですわね」と、ぼくにほほ笑みかえす。しかし「でもね、カイ」と言いながら、彼女は表情を曇らせた。


「わたくし、くやしいですわ。あんなに近くにいたのに、わたくしはお父さまの気もちを、まったくわかってなかったのね」


 言ったロザリーは、自嘲気味にほほ笑んでみせる。


「ぼくも同じ気もちだよ。あんなに、ちかくにいたのに」


 ロザリーの言葉で、あらためて空虚な気もちを感じ、ぼくはそう応じた。


 カノーバ邸から消えた義父さんは結局、今も行方がわからないままだ。


 ロザリーとぼく、それにレーンの屋敷の使用人たちも、義父さんを尊敬し、好いていた。

 よって義父さんのいないレーン家は、火が消えたよう。レーンの屋敷の物悲しい空気に、ぼくも心を痛めている。


「もう。もとには、もどれないのかしら?」


 長くつづく王城の廊下のさきをぼんやりと見つめ、ロザリーがつぶやく。

 ぼくは「わからない」と首をふると、つづけた。


「ただね、ロザリー。義父とうさんの国への反逆行為が露見した今も、ぼくは義父さんをしたわしく思うよ」


 ぼくの言葉に、ロザリーはじわりと目に涙をためる。そして、ぼくを見ると「そうですわね。私もとても、ほんとうにとても、お父さまが恋しいわ」と言った。それから、流れそうな涙を指でぬぐうと、彼女は表情をひきしめる。


「だけど、しっかりしなくては! わたくしは、今日からレーン家の当主なのだから!」


 そう言うロザリーに、ぼくはほほ笑んで「そうだね。ふたりで乗りこえよう」とうなずいた。

 ロザリーも、ぼくにほほ笑みかえす。そして、ぼくにたずねた。


「カイは、これからアリサさまのところへ?」


 ロザリーがぼくに予定をたずねる。

 ぼくは「うん。そのつもり」と言って、またうなずく。

 ロザリーは「そう」と応じると、上着の内側に手をいれ、小さな小箱をふたつ取りだした。


「では、これを渡しておきますわね」


 そう言って、ロザリーがふたつの小箱をぼくにわたす。


「たのんでいた物ができたんだね。ありがとう」


 ぼくは手のなかの小箱を見ながら、ロザリーに礼を言った。ぼくはロザリーに視線をもどし「ロザリーも、いっしょにアリサさまの所に行くかい?」と誘う。

 しかし、ロザリーは首をふった。


「やめておきますわ。屋敷に帰って、当主になるための諸々もろもろの移行手続きをしますから」


 やるべき段取りを想像してか、ロザリーは疲れた表情で苦笑いする。そして、ロザリーは、足早に去っていった。


 ◆


「アリサ、お待たせ」


 ぼくは、エスミーと庭園を散策するアリサに声をかけた。

 すると敏捷びんしょうに、アリサがぼくをふりかえる。


「話はおわった? だいじょうぶ?」


 心配そうな表情で、アリサはぼくに質問する。どうやら彼女は、正妃さまとぼくらの話のゆくえを気にしてくれていたらしい。


「だいじょうぶ。ぼくもロザリーも、お咎めなしだった」


 そう言って、ぼくは心からの笑顔をアリサにむける。

 するとアリサは安堵の表情をうかべた。


「よかったのです! ロザリーさまには、カノーバ邸で助けていただいたから。気になっていたのです」


 アリサの背後にひかえていたエスミーも、よろこんでくれる。


「ありがとう。心配をかけたね」


 そうエスミーに応じると、ぼくは「それから、これをきみに」と言って、彼女の手のひらに小箱をのせた。


「わたしに?」


 受けとりながらも、エスミーが目をまるくする。それから彼女は、受けとった小箱をあけて中身を確認した。途端に、彼女は瞳をかがやかせる。

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