第49話 返却物
「わたしの魔法石!」
よろこびと驚きのいりまじった声をあげ、エスミーが小箱のなかの魔法石をつまみあげる。
それは演習場の建物の屋根が崩れたとき、エスミーを守って魔法をつかいはたした魔法石だった。
エスミーの手のなかで、魔法石の光が緑色から青色に変化する。
「こ、これ。打撃耐性だけでなく、魔法耐性もきざんであるのです!」
エスミーはそう言って、目をまるくする。
「すごいのです! わたしには、手のでない代物なのです! ありがとうございます!」
エスミーは頬を紅潮させ、幸せそうな笑顔をぼくにむけてくれる。
エスミーが気にいってくれたと感じ、ぼくは「よかった」と胸をなでおろした。
ひとしきり魔法石を眺めていたエスミーだったがふと、なにかを思いだしたらしい。彼女は「あ!」と声をあげると、アリサを見た。
「アリサさま。わたし、そろそろ干し野菜屋さんから品物を受けとりに行かなければならないのです」
「そうだったね。カイも来てくれたし、いいよ。行ってきて」
アリサは快諾する。
「干し野菜屋?」
耳なれない言葉に、ぼくは思わず反応した。
すると、エスミーが魔法石を丁寧に小箱にもどしながら、うなずいて答える。
「そうなのです。このまえ、トマルの実をくれた野菜売りさんがいたでしょう? 彼女が王城に干し野菜を納品しはじめたのです。それで、顔見知りのわたしが納品のお手伝いをかってでたのです」
「それって、アリサのアドバイスの干し野菜?」
ぼくは驚いて、アリサを見る。
驚くぼくを見て、アリサは得意げに胸をはった。
「おいしくて手軽につかえるから、とても人気なのです! 今度、露天ではなく城下町にお店をだすそうなのです。すごいのです!」
エスミーが興奮して言う。それから、そのままのいきおいで「では、アリサさま。失礼しますのです」とお辞儀して、王城内に去っていった。
『アリサさまの知識にはきっと、国に変革をもたらす情報があるはずだ!』
ぼくの脳裏に、カノーバ邸で義父さんが言った言葉がよぎる。
――これって、もしかして。アリサが食に変革をおこしているのでは?
ふと思いいたり、にわかに義父さんの発言の信憑性が増した気がした。よって、ぼくは思わず黙りこむ。
そんな僕の上着の袖を、アリサがひいた。
「お
ぼくの考えなど知る由もないアリサが言って、屈託のない笑みをぼくにむける。
アリサの笑顔を見て、ぼくはアリサに言うべき話があると思いだす。ぼくは思考を中断し、彼女に言う。
「レーン家の件、家名を失ってもおかしくない状況だったんだ。アリサが口を利いてくれたおかげで助かったよ。ありがとう」
するとアリサは、いたずらをした子どもみたいな上目づかいでぼくを見あげ「気にしないで」と口にした。つづけて、彼女は言う。
「ちなみにね。ファビオと王城の門番たちも、暗示にかかっていただけだったでしょう。だから、お咎めなしになったみたい」
気軽な調子で、アリサがぼくの情報を補足してくれた。
――義父さんをとても信頼していたのに、あんな扱いをうけて。ファビオは、ずいぶん落ちこんでいるにちがいない。
魔法石をつかった暗示の魔法を人間につかうには、暗示にかける相手の心の弱さにつけこむ必要がある。
ファビオや門番たちには、なにかしらの心のすきがあったのだろう。
「そうか。彼らにも、申し訳なく思うよ」
気の毒なファビオたちを思い、ぼくはそっと眉をよせた。
暗い表情のぼくを、アリサが心配そうにのぞきこむ。それから、彼女は無理やり笑顔をつくると「ところで、これから東門へ行きたいの。いっしょに来てくれる?」と、つとめて明るい口調で言った。
「東門? ああ!」
一瞬、ぼくはアリサがなぜ東門に行きたがるのか理解できなかった。
しかし、すぐに目的に気がつく。
「ニコラスだね! それは、ぼくも興味があるよ。ニコラスがどうして、神聖魔法をつかえたのかとか」
ぼくは納得顔でうなずいた。
事件への謝罪が今日になってしまったのと同様。ニコラスのあの日の言動への追求も、ぼくらは今日まで行えていなかったのだ。
「じつはね。ニコラスが何者かは、なんとなく予想できているの」
そう僕に返事をしたアリサは「どちらかと言えば」と言って、言葉をきる。
――予想できている?
アリサの発言に、ぼくは疑問を感じた。
ぼくが不思議に思っていると気づいたようだったが、アリサは真剣な表情で話をつづけた。
「ニコラスは、わたしの前世を知ってるんじゃないかな?」
「前世?」
予想もしないアリサの言葉に、ぼくは目をまるくする。
アリサは神妙に「うん」とうなずき、言った。
「前世で、わたしが命を落とした経緯に、ニコラスが関わっている気がするの」
◆
東門に到着すると、ニコラスはイリエンシスさまと話しこんでいた。
例のごとく、イリエンシスさまはニコラスに熱い視線をおくっているが、彼には気づく様子がない。
考えてみれば、イリエンシスさまに会うのもあの日以来だと、ぼくはふと気づく。
ぼくとアリサが近づくと、あちらも気づいたようだ。イリエンシスさまたちは、こちらをむいた。
「アリサ、それにカイ! 無事でなによりじゃったの」
イリエンシスさまは、ぼくらに機嫌よくほほ笑みかける。
ぼくは「助力してくださって、ありがとうございました」と、イリエンシスさまに遅い礼を言った。
ぼくらの他愛ない会話をアリサは緊張した面持ちで見ていたが、彼女は意を決してニコラスに話しかける。
「ニコラス。わたし、あなたに質問があるの」
真剣な表情でアリサがきりだす。
今まで話をしていたぼくから視線をはずし、イリエンシスさまはニコラスと顔を見あわせる。
ニコラスは、イリエンシスさまにうなずいてみせる。それから、アリサを見ると「なんでしょう?」と、おだやかな口調でたずねた。
アリサは「あなた」と口にし、少し間をおく。そして、緊張した様子で言葉をつづけた。
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