第50話 アリサの推理
「もしかして、サンタクロースだったりする?」
「さんたくろーす?」
耳なれない単語を、ぼくは首をかしげながら復唱する。
アリサは「ええ」とうなずき、話をつづけた。
「わたしが前世で暮らしていた世界の伝説上の人物よ。考え方によっては、神さまに近い存在よ。赤と白の服を着た白髪の老人のすがたをしていて、トナカイのひく乗り物に乗ってるの。セント・ニコラスっていう人物が起源だって説もあったはずよ」
「ニコラスが神さま?」
アリサの発言に、ぼくは衝撃をうける。
しかし、ぼく以外の面々は驚きもしない。
彼らの反応を見て、ぼくも冷静になろうと努力する。
――イリエンシスさまだって、神さまじゃないか。今さら驚く必要もない。むしろイリエンシスさまと親しくしている時点で、疑うべきだったのかも。
そう考えたぼくは、イリエンシスさまとニコラスを見た。
よくよく考えてみれば、イリエンシスさまがすすんで関わりをもつのは、ぼくとアリサ、それにニコラスの三人だけだった。
ニコラスには何かあると、疑うべきだったのかもしれない。
それに白髪の初老、白シャツに赤いベスト。こんな出で立ちのニコラスが馬車を操る様子は、たしかにアリサの言うサンタクロースの印象にちかい気もする。しかも、起源とする人物と同じ名前だ。
「ニコラスが神さまなら、神聖魔法がつかえたのにも納得がいくけれど」
ぼくは、ニコラスが神に似た存在とするのには一先ず納得した。
しかし、異世界の神もどきがここに存在しているとは理解がおよばず、口ごもってしまう。
「わたし、まちがってる? あなたがサンタクロースなら、いろいろと納得がいくのだけど。カナルサテン国内で信仰をあつめるイリエンシスさまは、王城のそとでは具現化できない。でも、わたしが前世で住んでいた世界で、世界中の人々に愛されていたサンタクロースなら、話は別なんじゃない?」
ぼくの反応など気もせず、アリサがニコラスに質問した。
ニコラスはアリサをじっと見すえ、黙っていた。しかし、すこしの沈黙のあと。彼は、ふっと笑みをこぼすと話しだす。
「アリサさまの言うとおりです。あなたが転生まえに暮らしていた世界で、わたしは人々から、サンタクロースと呼ばれています」
ニコラスの口から肯定の言葉がつむがれた瞬間だ。アリサは大きく目を見ひらいた。そして、信じられない言葉を口にする。
「では、前世のわたしを殺したのは、あなたね!」
ニコラスとイリエンシスさまが、唖然としてアリサを見つめた。
ぼくも思いもしない話に、声もでない。
「そ、それは誤解です!」
数秒の間のあと、大慌てでニコラスがアリサの話を否定した。
しかし、アリサは引きさがらない。
「でも。わたしの前世の最後の記憶は、あなたとあなたの操るソリなのよ! カノーバ邸であなたが助けてくれたとき、思いだしたんだから!」
――たしか、アリサには転生前後の記憶だけなかったはずだ。それを、アリサは思いだしたのか?
ぼくは、カノーバ邸でのアリサの様子に思いをはせる。
あのとき、アリサは呆然と御者台のニコラスを見つめていた。記憶がもどったのはきっと、あのときだろう。
そういえば、ここ最近。アリサは馬車に恐怖心を抱いていた。もしかしたら、その際も前世の記憶がもどりかけていたのかもしれない。
ぼくが考えているあいだも、アリサの話はつづく。
「わたし、あなたのソリに轢かれて死んだにちがいないわ!」
「アリサ。それはの」
困惑顔のイリエンシスさまが口をはさみかけた。
それを見て、ニコラスがイリエンシスさまを身ぶりで制する。
「交通事故の償いに、わたしをお姫様に転生させてくれたのよ!」
一度はアリサの発言を否定したニコラスだったが、まくしたてるアリサの言葉をしばらく黙って聞いていた。
しかし、アリサがすべてを言いおえたとみると「あなたの考えはわかりました」と、悲しげな顔をする。
それからニコラスは目をふせ「しかたない」と口にすると、再度ゆっくりと目をひらいた。彼は言う。
「あなたが亡くなったときのできごとをすべて、お話しいたしましょう」
重々しく言って、ニコラスはアリサの前世での人生の終わりに、なにがあったのかを語りはじめた。
◆
「信じられない! っていうか、信じたくない!」
ニコラスとの話を終えたアリサとぼくは、彼から聞いた真実による動揺をまぎらわすため、王城の庭園を散策している。
「ニコラスの話は筋が通っていたよ。たぶん、彼の話は真実だ」
憤慨するアリサをなだめようと、ぼくはアリサの背後から話しかける。
するとアリサはくるりとふりかえり、不機嫌そうな顔で「だって」と口にし、黙りこんだ。
アリサが受けいれかねているニコラスの話とは、こんな話だった。
◆
アリサが前世で暮らしていた世界で年に一度祝われるお祭り、クリスマス。
事件はそんなクリスマスになったばかりの深夜におきた。
その日。ニコラスは、ブンタ少年の家に贈り物を届けに行こうとしていた。
ブンタ少年が暮らす集落は、ニホン国のとある街からはなれた山のなか。街頭もまばらで、深夜の集落はまっ暗だった。しかも、その日は雪が深々と降っており、視界が悪かったそうだ。
そんな暗い夜の雪道を、ニコラスはソリ(馬車ではなくソリだと彼は言いはった)でブンタ少年の家をめざす。
ブンタ少年の家に近づくと、少年の家は集落のなかでも一段小高くなった場所にあるとわかった。
空を飛べもするが、短い距離だ。ニコラスは、ソリで坂道を登ろうとした。
トナカイ(馬ではないらしい)たちは、ニコラスと贈り物を乗せたソリを引きながら坂道を登る。
ようやく登り終えたと思ったそのときだ。
目のまえを、前世のアリサが横ぎろうとするのがニコラスの目にはいる。
前世のアリサはブンタ少年宅の隣家に住んでいた。
ニコラスに出くわしたアリサはその日。ゴウコン(独り身の男女が結婚相手を探す催しらしい)で帰りが遅くなり、となりの集落の友人に家のまえまで送ってもらったところだった。
ニコラスはアリサに驚き、急いでソリを停止させる。
もともと坂を登ったばかり。ソリは簡単に停車した。
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