第51話 転生の理由

 自宅に帰ろうとしていたアリサだったが、ソリに乗るニコラスに気づく。

 すると、アリサは手をたたき「サンタさんだ!」とよろこび勇んで、ニコラスへ駆けよった。


 そのときだ。

 雪のなか、めかしこんでヒールの高い靴を履いていたアリサが豪快に転んだ。

 しかも運悪く、アリサたちがいた道の端は崖になっていて、彼女はしたの畑(実際にはタンボだそうだが、畑と大差ないだろう)に落下した。そのとき頭を打ち、打ちどころが悪く、アリサは即死。

 不運にも、彼女は二十八歳の若さで絶命した。


 ここまでの話で賢明な人は気づくと思うが、ニコラスは不運な事故の目撃者ではあるが加害者ではない。


 実際、アリサの世界の役人が調査をした結果も、事件性はなく事故となっているそうだ。

 それに調査の過程でアリサがかなり酒に酔っていたともわかり、そでも事故のおきた大きな要因とされているらしい。


 ではなぜ、ただの目撃者のニコラスは今なおアリサと関わっているのか?


 それは、ブンタ少年のためだ。


 アリサの死を、ブンタ少年はとても悲しんだ。大好きな近所のお姉ちゃんが亡くなったからだ。


 アリサの葬儀の最中も、ブンタ少年は「サッカーボールなんていらないから、サンタさんにお姉ちゃんを生き返らせてもらう!」と言って泣きじゃくり、彼の両親を困らせた。


 その事態に、ニコラスは心を痛めたのだ。


 ブンタ少年にサッカーボールをプレゼントし、よろこばせるはずだった。それなのに、ブンタ少年のところに自分が行ったせいで、彼を悲しませるはめになってしまったと。


 しかし、一度死んでしまった人間は生きかえらない。

 悩んだニコラスは、昔なじみの別の世界の神であるイリエンシスさまに相談した。


 すると、イリエンシスさまを信仰するカナルサテン王国で、ちょうど王女が生まれる予定があった。その王女のうつわにはいる魂は、まだ決まっていないともいう。

 その王女に転生させるのはどうかと、イリエンシスさまがニコラスに提案した。


 王女なら何不自由なく幸せな一生をおくれるはずだ。

 アリサをカナルサテン王国の王女に転生させ、ときおり夢でアリサの元気で幸せなすがたをブンタ少年に見せてやる。そうすれば、彼の心の慰めになるのではないか。


 そう考えたニコラスは、イリエンシス様にたのんでアリサの魂をカナルサテン王国の王女として転生させてもらった。


 話の最後、ニコラスは「できるだけ楽しく暮らしている様子を、文太くんに見せてあげたかったのです。でも、わたしの力がおよぶ世界では、条件のいいうつわが見つからなくて」と言い、苦笑いした。つづけて、彼は言う。


「これからもときどき、あなたに御者として同行させていただきます。文太くんに見せる夢の素材あつめがしたいので」


 そう口にし、アリサに断りをいれた。

 ちなみに、アリサの転生理由をイリエンシスさまが教えてくれなかった理由も明らかになった。


「ニコラスさまが『アリサの自然なふるまいを文太くんに見せたい』とおっしゃったのじゃ。深酒のせいか、突然の死に驚いてか、アリサが転生直前の記憶をなくしてくれていて、ほんとうに好都合じゃった。転生の理由を言えば、必然的にニコラスさまの話をする必要がでてくるであろう? ニコラスさまが少年に見せる夢の素材をあめていると知ったら、アリサの言動が変わりかねないと思ったのじゃ」


 イリエンシスさまは楽しそうに笑いながら、そう話した。


「そうなのです。だから、ほんとうはカノーバ邸での事件にもでしゃばる気はなかった。でも、あなたが攫われてしまうのは、わたしも大いに困る。だから、つい飛びだしてしまったんですよ」


 イリエンシスさまの言葉をひきついで言い、ニコラスは「それにしても」と急に真面目な表情をつくると、念を押して言う。


「今生では雪の日の暗い夜道で、酔っぱらって高いハイヒールで走るなんて、ばかなまねはしないでください!」


 以上が、アリサがこの世界に転生した大まかなあらましだ。


 ◆


「まさか、ここにいるなんてッ!」


 庭園の散策路を歩きながら、アリサが悔しがって叫ぶ。彼女の歩く足音も普段より、いくぶん大きく感じる。


「ブンタって、まえに話していたスカートめくりをしてくる近所の悪ガキだよね。アリサを好きだったんだね。ほほ笑ましいじゃないか」


 歩きながらそう言って、ぼくはアリサに満面の笑みをむける。


「やめてよ! 酔っぱらって、すっ転んで死んで、嫌ってた近所の悪ガキのおかげで王女に転生したのよ? この状況をほほ笑ましいなんて言葉で片づけないでッ! よけいに、みじめになるじゃない!」


 アリサはそう言うと「わたし。大人になっても、お酒なんて絶対飲まないんだから!」と、大声で叫んだ。


「あはは」


 ぼくは、心のこもらない笑い声をあげる。

 ぼくがからかっていると、気づいたらしい。アリサは「もう!」と、すねて不満の声をあげた。


 こんな会話をして歩いていたが、ぼくらは庭園の噴水のまえで立ち止まる。

 突然。アリサが黙りこみ、噴水の水を眺めはじめたためだ。


 アリサの急な変化に、ぼくは戸惑ったが無言でしたがう。

 しばらく静かな時間がすぎたあと。アリサが「ところで」と言って、話しだした。


「カイは、魔道騎士見習いになるのでしょう?」


 噴水のほうへ目をむけたまま、アリサがぼくにたずねる。

 質問があまりにも唐突で、ぼくは驚き黙りこんだ。

 すると、アリサがぼくのほうへむいて言う。


「お母さまに聞いたの。今回の件で、わたしを守った功績として、特別に魔導騎士見習いになれるよう計らうって」


 ぼくが話しださないのを、肯定と受けとったのらしい。アリサは「よかったね! なりたい職につけて」と言い、ぼくに笑顔をむけた。しかし、その笑顔は長くはつづかなかった。


「だとしたら、わたしの書記官の仕事は辞めなきゃ、だよね」


 そう言った直後。アリサの笑顔がゆがむ。

 そんなアリサに、ぼくはきっぱりとした口調で告げる。


「ぼくは、きみの書記官を辞めたりしない」


 ぼくの言葉に、アリサは目をまるくした。

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