第52話 ぼくのこれから

「それって、カイは魔道騎士見習いにならないの?」


 心の底から驚いたらしい。目をまるくして、アリサがたずねた。

 うなずきで応じ、ぼくは肯定の意をしめす。


「でも、なりたかったのよね?」


 困惑するアリサを見つめ「義父とうさんがまた、きみを狙うにちがいない」と、ぼくは唐突に彼女に言った。そして、アリサにむけていた視線を噴水にむけ、なおも話しつづける。


「いまだにアリサの前世の記憶に価値があると、義父さんは信じているはずだから」


 ぼくはサロンで正妃さまに主張した説を、アリサにも語りながら視線を噴水から彼女にむけなおす。ぼくは「だから」とつづけ、さらに言う。


「今の職務をもう少しつづけさせてくださいって、正妃さまにお願いしたんだよ。魔導騎士見習いになったら、アリサのそばにいられないからね」


 そう言って、ぼくは「義理の父とはいえ、ぼくの親が迷惑をかけているんだ。放ってはおけないよ」とアリサに苦笑いしてみせた。

 すると悲しげだったアリサの顔に、みるみる明るさがよみがえる。


「これからも、私の書記官でいてくれるの?」


 うれしそうに破顔してたずねるアリサにほほ笑みかけ、ぼくは「うん」とうなずいた。それから、上着の隠しポケットに手をいれると「これ」と言って、ぼくは小箱をアリサに手わたす。

 それはサロンをでたあと、ロザリーに手わたされた小箱のひとつだった。


 きょとんとして「これは?」と言いながら、アリサはぼくから小箱をうけとる。


「お詫びの品」


 ぼくが答えると、腑に落ちないのだろう。アリサは困惑しつつ、小箱をあけた。途端、彼女は「わ!」っと歓喜の声をあげて小箱の中身をとりだした。


 アリサがとりだしたのは、赤くて細い、仕立てのいい二本のリボンだ。ぼくがロザリーにたのんで、アリサのために仕立ててもらった品だ。アリサの髪飾りと似た印象のリボンだが一点、彼女のリボンとはちがう点がある。


「魔法石の、かざり?」


 アリサの言うとおりだ。そのリボンには両端にはほつれ防止と装飾性をかねた、ささやかな金細工がつけてある。その金細工の片がわには緑色、もう片がわには青色の光をほのかにはなつ魔法石を飾ってあった。


「それ、ぼくがつくった魔法石なんだ。ぼくは、ロザリーみたいに魔法石をつくるのは得意じゃないから、魔法は一つだけしかきざめなくて。打撃耐性と魔法耐性の呪文をそれぞれにきざんである」


 ぼくは自分の魔法石製造技術のつたなさを露呈した気がし、照れながらリボンについた魔法石の説明をする。


「すごい! ありがとう」


 アリサは瞳をかがやかせて、リボンを見つめた。それから「でも、お詫びって?」と、不安げにぼくを見る。

 ぼくは「まえにも言ったけど」と言い、彼女に答える。


「きみの気もちも聞かず、ファビオとの婚姻を勧めてしまったから」


 話すうち、暗い気もちになったぼくは、言いよどんでしまう。

 すると、アリサが「カイが謝る必要ないよ」と、戸惑いをみせる。

 ぼくは首をふり「アリサがどうしたいかをしっかり聞いていれば、あんな事件に巻きこまれずにすんだんだ」と、返事した。

 ぼくの言いぶんに納得できないらしい。アリサは眉をよせる。

 しかし、ぼくの気もちは変わらない。それどころか、ほかにもぼくには謝るべき話があった。ぼくは、なおも語る。


「きみには想い人がいるんだろう? それなのに、ほかの人との婚姻を勧めるなんて、ぼくは最低だ!」


 思いきって、ぼくは主張した。

 すると、アリサは顔をまっ赤にして、あたりを見まわす。


「ファ、ファビオとのあの会話を聞いていたの?」


 まわりを見まわし終えたアリサが、もじもじしながら小声でぼくにたずねた。

 ぼくはうなずく。

 うなずくぼくを見て、アリサの顔がますます赤くなる。そして、彼女はうつむくと「そうなんだ」と、つぶやいた。

 恥ずかしがるアリサにかまわず、ぼくは「アリサの気もちを、だれよりもわかっているつもりだった。でもそれは、ぼくの自惚うぬぼれだったんだ」と、普段なら言葉にするのもためらわれる話をする。それは、アリサにたのみがあっての行動だった。


 ――ぼくは、これからもアリサが幸せに暮らせる手伝いをしたい。だから、ぼくはアリサの本音を知る必要があるんだ!


 しかし、本音で語ってほしいのなら、まずは自分が本音を言うべきだとも、ぼくは考えた。よって、ぼくは意を決し、自分の気もちをアリサに告げる。


「ぼくは、きみが好きだ! きみの力になりたいと、思ってる。だから、これからはアリサがこうありたいと思う本音を、隠さずぼくに話してほしい!」


 すると、うつむいていたアリサが顔をあげ、まっ赤な顔で「え? ええ?」と声にならない声でうめいた。それから彼女は視線をさまよわせ、苦心して口をひらく。


「カ、カイ。わたしの好きな人は」


「いいんだ、言わないで。きみの想い人が知りたいとか、そんな無粋ぶすいがしたいわけじゃない! きみが選択に迷うとき。きみがどうありたいかを、ぼくに話してほしいだけなんだ!」


 話しだそうとするアリサをさえぎり、ぼくは自分の意図するところを語った。

 すると、アリサは呆然として「無粋?」と、ぼくの言葉をくりかえす。途端、ぷっと吹きだした彼女は「あはは」と声をあげて笑いだした。


「どうして笑うんだい?」


「だ、だって。い、いろいろ惜しい感じがするんだもん!」


 笑うのを必死に堪えながら、アリサが答える。


「惜しい? 最近、ロザリーにも似た言い方をされた気がする」


 『しい感じね。その気づき方』


 女性ふたりから『惜しい』と言われ、ぼくは戸惑う。考えあぐねたぼくは、悩みこんでしまった。しかし、アリサが「カイ!」と呼んだので、足もとに視線を落としていたぼくは、彼女に視線をむけなおす。

 すると幸せそうにほほ笑むアリサのすがたが、ぼくの目に飛びこんできた。

 頬を紅潮させ、アリサがぼくに語りかける。


「いつもそばで守ってくれて、ありがとう。これからも、よろしくね!」


 そう言ったアリサの笑顔は花が咲いたようで、ぼくは声もなく彼女のうつくしさに見いってしまった。

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