第45話 人質
「主張が正しければ世のなかが変わるなど、幻想にすぎないのです。一番にほしいのは、たしかにアリサさまの知識です。ですが大きな改革をおこすには、王家の血筋と高位貴族のうしろ盾が必ず必要になる」
言うと、義父さんはほがらかにほほ笑んで「そのため、わたしに忠実な高位貴族も手にいれたかった。知識、王族、高位貴族。これらを手中におさめて同時にあやつる。それには、あやつる対象が夫婦のほうがなにかと都合がいいと思いませんか?」と、アリサに問いかける。
アリサは「そんな」と言ったきり、青ざめて絶句した。
「義父さんの話は少し、わかる部分もあります。ぼくも身分の低さで苦労していないと言ったら、うそになる」
長くない沈黙のあと。ぼくは、ようやく口をひらく。
するとロザリーが「カイ? なにを言ってるの!」と、ぼくをたしなめた。
ほかの面々も、ぼくの言葉に一様に驚きの表情をする。
しかし、ぼくはロザリーの言葉をさえぎり、強い調子で「それでも」と声をあげた。ぼくは言う。
「義父さんのやり方は、まちがっている!」
大声で言いきったぼくは、なおも義父さんに言いつのった。
「いくら正当な目的があったとしても。人の自由をうばったり、傷つけたりしてまでやるべき大義など、ぼくには認められない!」
義父さんをにらみつけ、ぼくはいっきに言いきる。
すると「そ、そうなのです!」と、ぼくに同調する声がした。
僕は思わず声のするほうに目をやる。
そこにいたのは、エスミーだった。
「カイさまは、大きな傷をおって命を落としかけたし、アリサさまもとても悩まれたのです。傷つかなくていい人が傷つくやり方なんて、正しくないのです!」
エスミーは怒りをにじませ、そう自分の意見を口にする。
すると「そうですわ!」と、ロザリーも叫ぶ。
「カイとアリサさまだけではありません! ファビオや門番の兵士に暗示をかけて操るなんて、どんな理由があったとしても許されませんわ!」
ロザリーは涙を浮かべながら訴える。
義父さんはロザリーに目をむけ、困り顔でほほ笑む。
「カイ、ロザリー。改革に犠牲は付き物なのだよ。わからないかい?」
義父さんの主張に、だれも答えない。
ぼくたちは無言で義父さんを見つめるばかりだった。
義父さんはそんなぼくらを見まわし、アリサに目をとどめる。
「アリサさまも、カイたちと同じ意見のようですね」
アリサの表情から判断したのだろう。言って、義父さんはふうっと深いため息をついた。
「どうやら、わたしに味方はいないようだ」
残念がった様子で言い、義父さんは「ならば、しかたない」とつづける。彼は右手を前方に突きだし、ぶつぶつと口ずさむと右手を握りしめた。
義父さんが右手を握りしめるやいなや。ぼくは首もとに熱を感じた。つぎの瞬間。喉を強い力がしめつける。
「ぐッ!」
ぼくは、うめき声をあげた。
「カイ?」
「カイさま!」
「なんですの?」
アリサ、エスミー、それにロザリーが驚いて、ぼくを見る。そしてペンダントの鎖に喉をしめあげられるぼくを視認し、彼女たちは小さく悲鳴をあげた。
「隠せる魔法がひとつだけとはかぎらない。覚えておきなさい」
義父さんは表情を消し、右手を握りしめながら言う。そして「こんな事態もありえるだろうと思ってね。カイに贈った魔道具には追跡魔法のほかに、もうひとつ魔法をしこんでおいたのだよ」と口にし、冷ややかにほほ笑んだ。
義父さんの言葉で、ぼくはペンダントトップの魔法石の光が濃い青色に変化していたのを思いだす。
――油断した!
打撃耐性の魔法が消失し、魔法石が不安定になったからだと思っていた。しかし、きっとあの濃い青の光が隠された魔法だったのだ。
「ペ、ペンダントのチェーンが喉をッ!」
動転したアリサが青ざめて叫ぶ。
ふさがりかけた気管で、ぼくは必死に息をする。
「だれも、うごいてはいけないよ。カイの呼吸を、完全にとめるなんて容易いのだからね」
義父さんがいつもどおり、おだやかな口調で言う。
「お父さま、おやめください! このままではカイが!」
「ア、アドレム先生! やめてください! カイは養子とは言え、あなたの息子ではないですか!」
ロザリーにつづき、黙りこんでいたファビオも声をあげる。
すると義父さんは一瞬、目を細めてファビオを見ると言った
「ファビオ。きみまで、つまらない話をするのか」
あわれみの視線をファビオにむけ、義父さんは「きみは、わたしを買いかぶりすぎているんだよ。だから心にすきが生まれ、わたしの暗示にまんまとかかってしまったのだ」と言い、苦笑いして首をふった。
「そ、そんな! 先生」
義父さんの自分への評価を聞き、落胆したのだろう。ファビオはまた黙りこむ。
気落ちするファビオを気にもせず。義父さんはにぎりこんだ右手はそのまま、空いている左手をアリサにさしだした。
「さあ、アリサさま。あなたがわたしのもとに来てくだされば、カイの魔法をといてさしあげましょう」
首がしまり
すると義父さんは声をやわらげて、アリサにさらに語りかけた。
「計画を練りなおす必要はありますが、あなたさえ手にいれれば、やりなおしは可能なのです。カイを死なせたくないと思うのなら、わたしに付いて来てください」
「わ、わたしがアドレムおじさまのもとへ行けば、カイを助けてくれるんですか?」
アリサが目に涙をため、義父さんにたずねた。
「ええ。約束しましょう」
大きく頷いてみせ、にこやかに義父さんはアリサに同意する。
「だ、めだ! ア、リサッ!」
ぼくは必死に言葉を発しようとする。
すると義父さんがぼくをにらんだ。
「カイ。おまえは黙っていなさい」
言って、義父さんは右手をより強く握りしめた。
つぎの瞬間。ぼくの喉は完全につぶれ、まったく息ができなくなる。
「ぐあッ!」
「おじさま、やめて! わかりましたから! わたし、おじさまに付いて行きます!」
藻掻くぼくを見たアリサは、青い顔をさらに青くすると叫んだ。
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