第44話 変革をもたらす者

「アリサと結婚すれば、ファビオの国での地位が上がる。ファビオは義父さんに好意的だから、レーン家にいい影響が期待できるんだよ」


 政治上の策略をアリサに話すなど抵抗があったが、ぼくは義父さんに代わって彼女に答える。

 すると義父さんがぱちぱちと手をたたき、ぼくに言った。


「以前、わたしが語った話をよく覚えていたね。あの時のカイは、上の空に見えたけど、ちがっていたようだ」


 義父さんは感心して言う。しかし、笑顔を苦笑いに変えると「でもそれは、不正解ではないけれど、正解でもない」と補足した。


「では、王族であるアリサさまを操りたかったのですか? アリサさまのための暗示の魔道具まで用意して!」


 堪りかねたのかもしれない。堰をきるがごとく、ロザリーが義父さんに質問する。


「王族だけが使える芽吹きの祝福の力がほしい、とか?」


 エスミーも義父さんの目的を推測した。


「ロザリーもお嬢さんも、不正解だ」


 義父さんは首をふり、笑い声をあげた。


「では、いったい」


 義父さんの真意に検討がつかず、ぼくは途方にくれる。

 ぼくだけではない。義父さんの話を聞いていた全員が、この不可思議な状況をつかみきれずに黙りこむ。


 すると、小さくため息をもらし「もう、なにも思いつかないかな?」と教師らしい口調で言って、義父さんは頓着のなく答えを口にした。


「私がほしかったのは、アリサさまの異世界の知識だよ。それだけさ」


 予想外の義父さんの答えに、ぼくは唖然として言葉もでなかった。


 ――異世界の知識って言ったって、アリサのもっている知識は……


「い、異世界の知識? それって、アリサさまのおかしな妄想ですわよね?」


 ぼくが反応に困っていると、ロザリーが疑問の声をあげた。見ると彼女は、驚きをとおりこし、拍子むけした面持ちをしている。


「も、妄想なんかじゃないもん!」


 侮辱された気がしたのだろう。感情的になったアリサがロザリーに反論した。


「あの妄言もうげんでしたら、わたしもよく聞くのです。でも、ほしいって思える情報を聞いた覚えがないのです!」


 つづいて、真面目な顔のエスミーがきっぱりと言い、頭をぶんぶんとふった。


「も、妄言? エスミー、そんなふうに思ってたのね」


 アリサがエスミーをふりかえり、傷ついた顔をする。

 すると彼女たちのやり取りを見て、義父さんが「はは!」と笑いとばした。


「それは、アリサさまの言動から重要な情報を読みとれていないからだよ。アリサさま自身もふくめてね」


 言うと、義父さんは「この国では大昔から大きな変革がおこる前ぶれに、異世界転生者だと主張する者があらわれるんだ。アリサさまがその異世界転生者ならば、きっとなにかしらかの変革がおこせるはずだ」と口にし、アリサにむけた目をほそめる。


 妄言あつかいは気にいらないが、かと言って変革者との祭りあげにも抵抗があるのだろう。アリサは義父さんを見つめかえし、困惑の色を深める。


「そんな話、初耳ですわ!」


 ロザリーが大声で反論する。

 しかし、義父さんは落ちつきはらっていた。


「魔法石の研究をするうちに、古い文献に行き当たってね。そこで知ったのだよ。どうやら今のこの国は、この知識を忘れてしまっているらしい」


『昔はこの国の人々も異世界転生者の存在を知っていて、異世界転生者を幸運をもたらす者と崇めておったのじゃがな』


 義父さんの話を聞いた瞬間。ぼくの脳裏に先日、イリエンシスさまから聞いた話がよみがえる。

 イリエンシスさまがすたれたと言っていた知識を、義父さんは古書のなかに見つけたにちがいない。

 ぼくがそう推測するあいだも、義父さんはロザリーに語りかける。


「ロザリー、わかっておくれ。わたしはアリサさまの異界の知識をつかい、この国の体制を変革したいのだ」


 しかし、ロザリーは悲しげに義父さんを見つめるばかりだ。

 それでも義父さんは、ロザリーに語りかけつづける。


「今のこの国は、実力よりも家柄を重視する。わたしは、そんなこの国の政治体制に辟易へきえきしているんだよ。おまえだって、歯がゆく感じているはずだ!」


 話すうちに感情が高ぶったらしい。義父さんの語気は強くなる。


「そ、それは」


 義父さんの言葉に、黙りこんでいたロザリーの心を動揺させる事柄が含まれていたのだろう。

 ロザリーは反論しようと口をひらきかけたが、あとにつづく言葉は発せられなかった。


 ――義父さんが自身の境遇をこんなにも悲観していたなんて。気づきもしなかった。


『お父さまは『働きアリ』なんて揶揄されて、腹がたたないのかしら?』


 父と娘のやり取りを見つめながら、ぼくは以前のロザリーの言葉を思いだす。


 ――いいや、気づかなかったわけじゃない。ぼくもロザリーも、心の底では感じていたんだ。


「アリサさまの知識にはきっと、国に変革をもたらす情報があるはずだ!」


 僕が考えをめぐらすあいだも、義父さんの話はつづいていた。彼の視線は、ロザリーからアリサにうつる。アリサを見る彼の目は、期待にみちていた。


「意識の変革」


 僕は思わず、義父さんの言葉をくりかえす。


「そんなの、こんな回りくどいやり方をしなくても、言ってくれれば協力したのに!」


 語気を強くして言い、アリサは眉をよせた。

 すると義父さんは真剣な顔つきになる。それから「主張するだけで変わるのであれば、アリサさまが正しいのかもしれません」とアリサに応じ、一瞬言葉をきる。そして「ですが」と言って、話をつづけた。

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