第43話 もうひとつの魔法石

 ロザリーの説明を聞いたうえで、ぼくはよくよくイヤリングを見た。

 すると、たしかに青色の光が紫色に変化する。それは魔犬の首輪にはめこまれた魔法石の色によく似ていた。


「うそだ! だって、それは」


 言いよどみ、ファビオは顔色を青ざめさせる。

 うろたえるファビオを憂いをおびた目で見つめ、ロザリーはうつむいた。


「それが事実ならファビオさまの今回の行動は、暗示にかかったのが原因なのですね!」


 エスミーが驚きの声をあげる。それから眉をひそめると「それに、もしアリサさまがその指輪をはめていたら……」と声をつまらせた。


「アリサさまもきっと、暗示にかかったと思いますわ」


 うつむくロザリーがエスミーの言葉をひきつぐ。


「暗示に」


 アリサがつぶやき、表情を曇らせた。

 ロザリーが「それに、わたくし」と重々しく言って、さらに話をつづける。


「じつは似た偽装をほどこされた魔法石を、もうひとつ知っていますの」


 まるで懺悔しているようだ。両手を胸のまえでしっかりと握りあわせ、ロザリーが言った。


 ――ああ。それは、わかる気がする。


「ぼくの、だろ?」


 ぼくがたずねると、うつむいていたロザリーが驚いて顔をあげた。


「カイの?」


 アリサが目をまるくし、ぼくを見る。

 するとロザリーは「そうですわ」と力なく答え、上着の内側に手をいれると一枚の紙をとりだした。


 それはアリサがファビオから招待状をうけとった渡り廊下で、ロザリーがもっていた物だった。


「これは、地図?」


 疑問を口にし、アリサが繁々しげしげとロザリーの取り出した紙を見る。

 ロザリーは「ええ」とうなずいた。


「でも、ふつうの地図ではありません。魔道具の一種ですの」


 ロザリーが地図をひらいて僕らに見せる。


「赤い点があるでしょう? この地図は、そろいの魔法石の位置を赤い点でしめせるのです」

「そろいの魔法石?」


 ロザリーの説明に、アリサが首をかしげる。


「これだね?」


 ぼくは首からさげたペンダントをみんなに見せる。ペンダントトップの魔法石は、いまだに不規則な光をはなっていた。

 ロザリーがうなずき「そうですわ。そのペンダントの魔法石にも、三つ目の魔法がきざまれていますの。おそらくは一瞬見える黄色い光が位置に関する魔法でしょう」と言った。そして、ぼくのペンダントに悲しげな眼差しをむける。


「カイさまが監視されてる? なぜ、はずさなかったのです?」


 エスミーがぼくをせめた。


「さっきまで、知らなかったんだよ。ロザリーの話を聞いて、ペンダントの打撃耐性の魔法をつかいきったからこそ気づけたんだ」


 エスミーに釈明し、ぼくはロザリーにたずねる。


「ロザリーが最近、ぼくの居場所をよく当てたのは、これのせいだったんだね?」


 ぼくの言葉に、ロザリーが小さくうなずく。


「ロザリーさん。どうしてカイを監視していたの?」


 困惑顔のアリサがロザリーに疑問をなげかける。

 ロザリーは動揺をみせ「それは」と言ったきり、黙りこんだ。


「この地図は、正確にはロザリーの物じゃない」


 ロザリーに代わり、ぼくはアリサに答える。それから「そうだよね?」と、ロザリーに確認した。

 するとロザリーは視線をさまよわせ、もう一度うなずいた。


「では、だれがこんな物を? だれがカイさまを監視するのです?」


 答えを求め、エスミーがぼくに質問する。

 しかし、ぼくもロザリーと同様に、その疑問に答えるのを躊躇ちゅうちょしてしまう。


 じつを言えば、ぼくのなかにもう答えはある。

 しかし、心が信じたがらないのだ。

 おそらく、ロザリーも同じ心情にちがいない。

 もしかしたら、さっきから黙りこんでいるファビオも、もう気づいているのかもしれない。


「カイ?」


「カイさま?」


 アリサとエスミーがぼくの態度を不審がる。


「お嬢さん。ロザリーは、わたしの部屋から地図をもちだしただけなのですよ」


 温和な男性の声が、ぼくらの背後から聞こえた。


 ぼくらは全員、背後をふりかえる。

 すると、屋敷内にむかったはずの義父さんが笑みをたたえ、たたずんでいた。


「アドレムおじさまの部屋から?」


 ぽかんとしてアリサがたずねかえす。


「そうです。わたしが地図とカイにもたせた魔法石をつくったのです。娘のロザリーはそれに気づき、たびたび地図をもちだしていたのです。ロザリーは、わたしがカイを心配して見守っているとでも思っていたのでしょう」


 やさしい笑顔をくずさずに、義父さんはアリサに答えた。つぎに、ぼくとロザリーに目をむけた彼は「気づいているだろうが、カノーバ家に用があると言ったのは、うそだ。夜になっても帰宅しないお前たちを不審に思って、王城にいるうちから後をつけていたんだよ。門番が行く手をはばんだ時点で、あきらめて欲しかったな」と、残念がって言う。

 ぼくは黙ったまま、義父さんを見つめるしかできない。


「お父さま。なぜですの?」


 泣きだしそうな顔でロザリーが、義父さんにたずねた。


「もちろん、おまえに地図をもたせ、行動をおこさせるためだよ」


 やはり笑顔を絶やさず、義父さんは答える。彼はちらりとぼくを見て「おまえは、カイとアリサさまが親しいのを、昔から嫌っていた」と言い、さらに言葉をつづける。


「この地図をおまえの目にさらせば、おまえは、地図がカイの居場所をあらわしていると気づく。そして、カイとアリサさまの邪魔をするためにつかうと、予想したんだよ。ファビオとアリサさまの結婚に、カイとアリサさまの仲のよさは障害になるからね」


 義父さんの言葉に、眉をよせたロザリーの顔はまっ赤になった。

 義父さんは、さらに語る。


「それに日中のカイのそばには、いつもアリサさまがいる。アリサさまの結婚話を聞いけば、おまえは必ずカイとアリサさまのもとへ行き、アリサさまの背中を押すと容易に想像がついた。ロザリー、ひとりの行動がふたつの利益を生むんだ」


 そこで言葉をきり、義父さんは「効率がいいだろう?」と小首をかしげてみせる。

 そこへ、困惑顔のアリサが「それって」と言い、話にわりこんだ。


「アドレムおじさまは、わたしとファビオを結婚させたかったのですか?」


 義父さんはにっこりとほほ笑んで「そうなりますね」と答え、アリサにうなずいてみせる。

 義父さんの答えに動揺したのだろう。アリサは眉をよせ「どうして?」と、つぶやいた。

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