第42話 魔法石

「義父さん。どうして、ここに?」


 義父さんが目のまえにいる理由がわからず、ぼくは質問した。


「家庭教師の件で用事があってね。来てみれば、このさわぎさ。アリサさまが芽吹きの祝福をつかってくださらなかったら、どうなっていたか」


 ぼくの質問に答える義父さんの表情には、安堵と困惑がいりまじっている。


「ファビオさま、しっかりしてください!」


 執事が、ファビオに呼びかける。彼もまた義父さんと同様に、ぼくが意識を手ばなしているうちに、やってきたのだろう。

 そのうちに、地面に倒れたファビオが「くッ」と、うめきごえをあげた。


「いったい、なんなんだ?」


 ゆっくりと起きあがり、ファビオがつぶやく。彼は首をひねり「ここは、うちの庭園? どうして、こんな場所に?」と不思議がる。


「ファビオ、気づいたか!」


 義父とうさんがファビオにほほ笑みかけた。そして、ファビオのそばにひざまづくと「問題なさそうだね」と、無事を確認した。つぎに義父さんは、カノーバ家の執事に言う。


「ファビオも心配ないようだ。きみ、わたしと屋敷の被害状況を確認しにいこう」


 義父さんは提案した。

 まだ混乱している様子だが、執事は「はい」と返事をし、慌てて立ちあがる。

 義父さんは、あらためてファビオに目をむけ、彼にほほ笑みかけた。おだやかな口調で「ここで休んでいなさい」と彼に指示し、義父さんは執事をつれて屋敷にむかう。


 ひとしきり、ファビオは義父さんの背中を目でおった。それから再度、あたりに目をむける。

 直後、ぼくとファビオの目があった。

 するとファビオは目をまるくして、ぼくらに質問する。


「カイ? それに、第七王女殿下か? きみたちはうちの屋敷で、なにをしているんだ?」


 言って、ファビオが眉をよせた。

 アリサは「え?」と拍子ぬけした声をあげる。


「ファビオ。きみは、自分がなにをしたのか忘れたとは言わないだろうね?」


 ファビオの言動に不自然さを感じ、ぼくは彼に念をおす。


 ――アリサと倒れたとき、頭でも打ったのか?


「忘れるって、なにをだ?」


 ぼくの発言の意図がわからないらしい。ファビオは顔をしかめた。


「とぼけては、だめなのです! あなた、わたしたちを殺すと言っていたじゃありませんか!」


 ぼくらのやり取りを聞いていたエスミーが糾弾の声をあげる。


「わ、わたしが? きみたちを殺す? 物騒な発言はひかえてくれッ!」


 心外だと言わんばかりの形相で、ファビオは否定した。

 状況が理解できず、ぼくたちは黙りこむ。


「これのせいかも、しれませんわ」


 沈黙をやぶったのはロザリーだった。彼女は、小さな物体を天にかざしている。月明かりに照らされて光るその物体に、ぼくは見覚えがあった。

 それは先日、城下町のマーケットでファビオが見せびらかしていた指輪だったのだ。


 ひとしきり観察しおえると、ロザリーはファビオの指輪を右の手のひらのうえに乗せた。そして、ぼくらに目配せする。ぼくたちにも見ろと言いたいらしい。

 ぼくはロザリーに近づく。ぼくのあとにアリサもつづき、エスミーもやってきた。果ては、ファビオまで立ちあがり、ぼくらの輪にくわわる。


 指輪を乗せた右の手のとなりに、ロザリーはにぎった左手をさしだす。そして、左手もひらいてみせた。彼女の左の手のひらには、ふたつの光る物体がある。


 ふたつの光る物体は、ひとつの指輪とイヤリングの片割れだ。指輪は、ファビオの所有物に似ている。


「これがどうしたんだい?」


 ぼくはロザリーの手のなかの三つのアクセサリーを眺め、質問した。

 きびしく眉をよせ、ロザリーはぼくに答える。


「これは先ほど、ファビオの指から落ちた指輪ですわ」


 ロザリーは右手の指輪をぼくにわたした。つぎに「そして」と口にし、もうひとつの指輪とイヤリングの乗った左手に目をむけた。彼女はさらに言う。


「こちらのイヤリングは王城を出るまえ、門番の兵士が身につけていた物。指輪は、応接室でファビオがアリサさまの手にはめようとして落とした物。どちらも、わたくしが回収しておきましたの」


 左の手のひらのアクセサリーを、ロザリーが説明する。


「そうだ。カイがもっているのは、わたしの指輪だ。だが、それがなんなんだ?」


 ファビオが怪訝な顔をする。

 するとロザリーは一瞬たじろいだ。しかし、それから、ファビオの問いに応じて答えた。


「これらには、強い暗示の魔法がきざまれているのです。ファビオに記憶がないのは、暗示の魔法にかかっていたからかもしれませんわ」


 言って、ロザリーはぼくらの顔を真剣な表情で見まわす。それから「暗示の魔法は獣やモンスターにつかう場合は、性質を押しこめる作用をします。でも、人につかう場合は、通常の人格のうえに上位人格をつくり操るんですわ」と、重々しい口調で言った。


「ばかな! わたしも魔法石の生成法は知っている。そんな魔法に気づかないはずは……」


 ファビオが首をふる。

 しかし、ロザリーは「うまく隠されていますわ。ですから、気づけなくて当然ですの」と、ファビオの言葉を封じた。彼女は「みなさん」と言いながら、ぼくらに問いかける。


「魔法石用の水晶にきざんだ魔法は、発光色で効果がわかるのはご存知ですわね?」


 ぼくらはうなずき、彼女に同意した。

 するとロザリーは、右手で左の手のひらのイヤリングをつまみあげる。


「緑色と青色が交互にあらわれていますでしょう。このイヤリングを見た人は、きっと打撃耐性と魔法耐性のふたつの魔法がきざまれていると考えるはず」


 ロザリーの言うとおりで、イヤリングの魔法石は緑色の淡い光をはなっていたが、ゆっくりとその光を青色に変化させはじめる。

 ロザリーは反論がないのをみると、なおも説明をつづけた。


「でも、青色が緑色に変化しようとする一瞬。青みがかった紫色が発現するのです。色が変わる過程に見えるよう、とても巧妙に偽装されていますの。少しかじった程度の知識では、見分けるのはとても難しいと思いますわ」


 話せば話すほどに、ロザリーはどんどん表情を曇らせていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る