第17話 思わぬ危機

「じつに、すばらしい! あなたさまはもしや、魔導騎士さまですか?」


 ぼくの敗北感をよそに、管理責任者は感心して質問した。


「いえ。恥ずかしながら魔導騎士見習いの試験に落ちてしまいまして。今は第七王女の専属書記官をしております」


 苦笑いをしてみせ、ぼくは自分の現状を説明した。


「王族の側近も大事な仕事です。しかし、ここまで破壊的な魔法を使える者は、魔道騎士にも少ない。もったいない話ですな」


 残念がって言い、管理責任者は神妙な顔つきをした。


 そのときだ。

 木がきしむ大きな音がして、ぼくらは会話を中断する。

 静かにしていると、きしみ音は凄まじく大きくなった。そして、きしみ音は建物の木材が折れる音だと気づく。

 しかし、気づくには遅かった。


「キャー!」


 いぶかしんで頭上を見あげていたエスミーが叫び声をあげる。同時に、彼女の頭上の屋根が大きく崩れた。

 建物が崩れたせいでまた粉塵ふんじんが巻きあがり、視界が悪くなる。


「エスミー!」


 アリサが悲鳴をあげた。


 ――助けなきゃッ!


 反射的に、ぼくはエスミーのほうへ駆けだす。

 駆けだす僕を見たアリサが、ぼくに強くしがみついた。


「カイ! 近づくのは危険よ!」


「でも、エスミーが!」


 しがみつくアリサを引きずって、ぼくはエスミーにむかって歩みを進める。


 ――ぼくのせいだ! ぼくが精霊魔法をあつかいきれなかったから!


 空気の防壁では精霊魔法の振動を防げなかった。あの振動で屋根がダメージをうけたにちがいない。衝撃波ばかりを気にして、ぼくは振動による影響を考慮し忘れたのだ。


 少しずつ粉塵がおさまり、視界がひらけていく。

 建物の屋根に大きな穴があいており、相当量の木材が落下したとわかった。


 ――エスミーはあの真下にいたはずだ。もしかして……


 体中から血の気がひく。


「び、びっくりしたのです」


 僕ぼくが嫌な想像をしかけた直後だった。収まりきらない粉塵のなかから少女の声がした。


「エ、エスミー。無事なの?」


 ぼくにしがみついたまま、目をまくるしたアリサが声をあげる。


「はい、なのです」


 しっかりとした声で、エスミーが返事をする。そして粉塵のなかから、緑色の柔らかい光に包まれたエスミーがこちらに歩いて来た。ほどなく、エスミーを包んでいた光がふっと消える。


 ぼくからはなれ、安堵の表情のアリサがエスミーに近づく。

 ぼくのほうは、エスミーの無事なすがたに気がぬけてしまい、力なく膝をついた。


「よかった。でも、どうして?」


 エスミーの無事を確認しつつ、アリサが疑問を口にする。

 するとエスミーが「これのおかげなのです」とスカートのポケットから小袋を取りだした。

 アリサは「それは、なに?」と首をかしげる。

 そんなアリサに、エスミーは小袋の中身をだしてみせた。


 小袋から出てきたのは、立体的な八角形にカットされた大ぶりの水晶だった。


「王城ではたらくと決まったとき、母が持たせてくれた魔法石なのです」


 いとおしそうに水晶を見つめ、エスミーが言う。それから少し寂しそうにほほ笑んで言葉をつづけた。


「打撃耐性の魔法が刻みこまれた魔法石だったのです。でも、今ので魔法を使い切ったみたいなのです」


 アリサはなっとく顔でうなずく。


「魔法石のおかげだったのね!」


 そう口にしたが、すぐに眉を寄せると「ほんとうだ。ただの水晶にもどってる」と、エスミーの手のなかの水晶をのぞきこむ。しかし、水晶を見て気づきがあったらしい。彼女は「あら、でも」と声をあげた。


「この水晶、割れもひびもない。きっと、もう一度魔法石として使えるよ!」


 アリサは言って、ほっと胸をなでおろす。


 はたして、アリサの言うとおりだった。

 魔法石は魔法を使用し終わっても、水晶が無事なら再度魔法を刻みなおせる。

 そうであるのに、エスミーの表情は晴れない。


「魔法の刻みなおしは、高額なのです。だから、しばらくはこのまま……」


「ぼくが弁償するよ」


 ようやく虚脱きょだつ状態から立ちなおって、ぼくはエスミーの話をさえぎった。

 申しでたぼくに、驚いた顔のアリサとエスミーが視線をむける。


「べ、弁償?」とエスミー。


「魔法石を使ったのは、ぼくのせいだ。エスミー、ほんとうにごめん! 弁償で許されるとは思わないけど、その水晶の魔法石化を僕に任せてくれないか?」


 エスミーにうなずき、ぼくは彼女に近づくと頭をさげてたのんだ。

 しかし、エスミーは屋根の崩落の責任をぼくに問う気はないらしい。彼女は「で、でも」と困惑するばかりだ。


「お願いしたらいいじゃない!」


 膠着こうちゃくした状況のなか。とつぜん、アリサの明るい声がひびいた。

 ぼくとエスミーは思わずアリサに注目する。

 するとアリサが胸をはり「レーン家なら魔法の刻みなおしなんて、きっと朝飯前よ。それでカイの気もちが少しは晴れて、エスミーも魔法石をとりもどせる。お互いに利があるじゃない」と気軽に提案した。


「朝飯前だなんて」


 得意満面のアリサを見て、エスミーは呆れて笑う。気が抜けたのかもしれない。あらためて、彼女はぼくを見た。

 エスミーはまだ、困惑した表情をしている。


「エスミー」


 エスミーが折れてくれるよう祈りつつ、ぼくは彼女の名を呼ぶ。

 するとエスミーは困り顔のまま「では、カイさま。お願いしますのです」とほほ笑んでくれた。


 こうして、ぼくはエスミーから水晶をあずかった。

 そして演習場の管理責任者にも建物の破損を謝罪したのだが、屋根の弁償はまぬがれた。

 この演習場では、よくある事案なのだそうだ。


――あれ? よくある? それって……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る