第四章 アリサと城下町へ
第16話 精霊魔法
ニコラスのあやつる馬車で、ぼく、アリサそしてエスミーの三人は、まずは魔法戦闘の演習場へおもむいた。
平民の格好であらわれたぼくらを、演習場の管理責任者はいぶかしんだ。しかし、ぼくらが第七王女一行だとわかると「正妃さまから連絡をいただいております」と快く演習場の一角を貸してくれた。
◆
「わぁ、広い! 池もある! まるでゴルフ場ね! ここならカイが本気をだしても大丈夫そう!」
広大な演習用の敷地を眺め、興奮ぎみにアリサが声をあげる。
ぼくはアリサの言葉を聞いて、上着のポケットからメモ帳を取りだすと『ゴルフジョウ』と書きつけた。
――あとで、この意味もアリサにたずねよう。
今書きつけた『ゴルフジョウ』と、王城を出る前に書き留めた『カレセン』。ふたつの単語を交互に眺め、ぼくはメモ帳をそっと閉じた。そして、上着のポケットにしまう。
ぼくたちがいるのは、日よけ屋根があるだけの簡易な建造物のしただ。
壁もなく、頑丈そうな数本の柱が屋根をささえているだけ。ぼくには建造物と呼んでいいのかすら疑問だった。
「気に入っていただけて、なによりです」
誘導してくれた管理責任者の老人は、孫をいつくしむ祖父のごとき
「カイ! さっそく、やってみせてよ」
平野をむいていたアリサが、ぼくのほうをふりかえり催促した。
ふりむきざまアリサの髪がふわりと優雅にゆれ、彼女の青い瞳が期待で輝く。生き生きしたアリサのすがたに、ぼくの鼓動はドクンとはねた。
その場の面々がぼくの動揺に勘づくのを恐れ、ぼくはコホンと咳払いをした。
――演習場の外で待っているニコラスにも悪いし、はやく終わらせて城下町に行こう。
アリサにむく思考を無理やりほかの思考で埋めようと、ぼくは今後の予定に考えをめぐらす。
すると少しづつ気持ちに余裕がもどり、平静な態度をとれはじめた。
「一度だけですからね。見たら、城下町に行きますよ」
管理責任者の老人が同行している手前、ぼくは丁寧な口調で念を押す。管理責任者は精霊魔法に興味があるそうで、いっしょに見学したいのだそうだ。
「うん。そのかわり、派手なのにしてね」
ぼくの動揺も、ぼくの口調の変化も気にせず、アリサは魔法の規模にだけ条件をつけた。
ぼくはアリサらしい条件に「わかりました」と、しぶしぶ同意する。
そして「すみません。目や耳を守れる物はありますか?」と管理責任者にたずねた。
「こんな物で、いいですか?」
管理責任者は、柱のわきに備え付けの大きな木箱から、古めかしいゴーグルと耳あてを取りだす。どうやら戦闘訓練で使う備品のようだ。
「ええ。いいですね」
ぼくは自分も木箱に近づき、ゴーグルと耳あてを手にとった。それから「では、みなさん。これらを装着してください」と、その場にいる全員に指示する。
「こんな物が必要なのです?」
「念のためだよ。アリサ王女の希望どおり、派手な魔法にするから」
エスミーに返事しながら、ぼくは全員が防護具を身に着けたと確認した。
「では、はじめます」
合図して、目を閉じたぼくは感覚を研ぎすます。同時に、心のなかで風と火の精霊に呼びかける。すると少しずつ精霊の気配を感じはじめた。
普段なら近場にいる精霊を呼ぶだけなので、魔法発動に時間はかからない。
しかし、今回は『派手なの』がご主人さまの注文だ。
いつもより呼びかけの範囲を広くして、ぼくは精霊たちに呼びかけつづけた。
呼びかけに反応した精霊たちが集まりはじめるのを感じとり、ぼくはゆっくりと目をあける。
そして、平原の池の近くに転がっている岩を見た。人の頭ほどある岩で、ぼくはその岩を指さして『持ちあげろ』と風の精霊に命じた。
途端。ぼくのわきをごうと風が駆けぬけ、岩が空中に持ちあがる。
つぎに火の精霊に命じたぼくは、岩に炎をまとわせて岩を加熱した。
――もっと加熱しなければ!
さらに火の精霊を集めたぼくは、新しく集めた精霊たちにも岩を加熱させる。すると、岩がみるみる赤色に変わっていき、ついに形をたもてなくなった。
――今だ!
呼び集めつづけていた風の精霊に、ぼくは池の水を大量に巻きあげさせる。その水を空中で赤く焼ける岩にぶつけた。
ぶつけた瞬間だった。『ボンッ』とも『ドンッ』ともとれる大きな破裂音がした。
音とほぼ同時に水が一気に気化し、衝撃波が発生する。
岩に水がぶつかる瞬間。ぼくは風の精霊の力を借りて空気の障壁を形成した。
空気の障壁は、ぼくたちのいる建造物を包みこむ。
直後、衝撃波がぼくらを襲った。
空気の障壁で防御しているとは言え、大きな振動が地面をつたって襲いくる。
「きゃあッ!」
悲鳴をあげてエスミーが尻もちをついた。
「おお、すばらしい!」
管理責任者はふらつきながらも立ったまま堪え、感嘆の声をあげる。
「すごい!」
アリサは建物の柱にしがみつき、楽しそうにはしゃいでいた。
しばらくして、衝撃波と振動が止み、あたりが静かになる。
ぼくは安全だと判断し、空気の障壁を消した。
砂埃が消えると、地面に巨大なくぼみができている。
以前、精霊魔法の練習中にたまたま編みだした手法だが、いつ見ても凄まじい破壊力だ。
自分で起こしたとはいえ、ぼくは悪寒を感じた。
そして、変わってしまった地形をあらためて眺める。
――思ったより威力があったみたいだ。精霊魔法は加減が難しいな。
ぼくはこの結果を少々いまいましく感じた。
精霊魔法は精霊たちの気分次第で威力が変化する。
卓越した精霊魔法の使い手なら精霊の気分まで操れると聞くが、ぼくはまだその域には達していない。
そのため、精霊魔法への苦手意識が僕のなかにあった。
――状況によっては、もっと威力があってもおかしくなかった。
そう考えると肝が冷える。
そして全員に防護具をつけさせておいて正解だったと、あらためて感じた。
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