第18話 城郭都市

 ◆


 トラブルがありつつも演習場での目的をおえ、ぼくらは城下町へとやってきた。


 ニコラスは馬具用品の店に行くそうで、城下町でもぼく、アリサ、エスミーの三人で行動する。

 よって、落ちあう場所と時間をニコラスと決めた。


 すりあわせをおえ、ぼくたちはニコラスと別れて街へくりだす。

 歩きだしてすぐ、遠方の城壁がぼくの目にうつる。


『最近、あの子のまわりで不審なうごきがあると進言があったのです』


 城壁を見ながら、ふと正妃様の言葉を思いだす。


 アリサの身辺には多少だが懸念がある。

 それでも正妃様が城下町へ行く許可をくれたのは、この城下町が城壁にかこまれた治安のいい街だからだ。


 このカナルサテン王国の城下町は、いわゆる城郭じょうかく都市。

 城壁のなかへの出入りは、門番の兵士によって監視されている。よって、不審者は城壁のなかへ入るのはもちろん、城壁の外へ出るのも難しい。この状況が城下町の治安維持に多大な貢献をしている。


 それに、この城下町が商業都市である点も、治安の良さに一役買っていた。

 この城下町は商業都市として有名だ。そのため、市内の各地で大小のマーケットが毎日開催され、たくさんの人々が行き交う。それは、放っておくとトラブルが起きかねない環境とも言える。よって、王城の兵士が頻繁にマーケットを見まわりし、トラブルを未然に防いでいた。

 こういった理由から、この城下町は人を襲ったり、攫ったりする者にとって、そういう行為におよびにくい場所なのだ。


 城下町の現状を分析しつつ、ぼくは歩みを進める。そして、大聖堂前のルバト広場で開催される城下町最大のマーケットに足を踏みいれた。


 昼食がまだだったぼくらはマーケットに来てすぐ、食べ物を売る露店ろてんに立ちよった。の露店では、ひと口大の炒めたキノコ入りの惣菜パンを売っている。さまざまなスパイスを使っているのだろう。食欲を刺激する匂いがただよっていた。

 育ちざかりの男であるぼくは、串焼き肉など腹にたまる物が食べたいところだ。

 しかし、女性たちは栄養的な満足感より、未知の食べ物への興味がまさったらしい。彼女たちは、よろこびいさんでキノコの惣菜パンに飛びついた。


 ――キノコは、あまり好きではないんだけど。


 露店に備えつけの簡易なイスに腰かけ、アリサとエスミーがおいしそうに惣菜パンにかぶりつく。ぼくも、しぶしぶ惣菜パンをほおばった。

 味の感想はたずねないでほしい。

 スパイスに負けないキノコの風味が口いっぱいに広がったとだけ言っておく。


 惣菜パンを食べおわり、ぼくたちは本格的に散策を開始した。


 直後。アリサが「ねえ、ねえ。カイ」と言って、ぼくの服の袖をひく。


「イリエンシスさまにお土産を買って帰ろうよ」


「イリエンシスさま? 礼拝堂にお供物くもつを買うのです?」


 ぼくが返事をするより早く、エスミーが疑問を口にする。

 エスミーのあながちまちがっていない見解に、ぼくは「そんなところだね」と、うなずく。


「アリサさま。すばらしい心がけなのです!」


 エスミーが目を輝かせて感心する。

 エスミーの称賛にたじたじになりながら、アリサは「そ、そう?」と、苦笑いをして目をそらした。そして、ふと驚いた顔をすると「あ!」と声をあげた。


「ねえ。アレって、さっき食べたキノコじゃない?」


 言って、アリサが前方を指さす。

 ぼくとエスミーがアリサのしめす先を見ると、そこには一軒の野菜売りの露店があった。

 軒先に干したキノコを吊るしている。


「いらっしゃい!」


 ぼくらの視線に気づいた露店の店主が、元気よく手をふる。


「キノコのほかにも、いろいろな野菜があるのね」


 さまざまな野菜が並ぶその露店に、アリサが近づいた。


「味見してみるかい?」


 言って、店主はアリサにつややかで赤い小さな果実を三つ、手渡してくれた。


「トマトみたい! おばさん、ありがとう」


よろこんで礼を言い、アリサは果実をぼくとエスミーにひとつずつ配った。

 ぼくたちは同時に、赤い果実を口のなかに放りこむ。


「甘酸っぱくて、おいしい! 果物みたいね」


 歓喜の声をアリサがあげる。

 エスミーは、幸せそうにもぐもぐと口をうごかしている。

 ぼくもこの果実の酸味と甘みのバランスの良さに、思わずうなる。

 好感触だったからだろう。店主は明るくほほ笑んだ。


「気にいったら、たくさん買っていっておくれよ」


 店主の言葉につられ、ぼくはあらためて露店の品物に目をやる。

 そして黄色い根野菜が山積みになっているのに目をとめた。


「おばさん。この根野菜、かなりの量だけど売りきれるの?」


 ぼくは思わず質問する。


 露店の野菜売りはたいてい、朝早くから店をあけ昼すぎには商品を売りきる。

 この露店も例にもれず野菜の種類こそさまざまあるが、それぞれの在荷ざいかはもう少ない。そんななか、黄色い根野菜だけが山積みになっていて、ぼくは疑問に感じたのだ。


 店主は「ああ、それかい」と声を低くして言い、根野菜の山に目をむけると落ち込んだ表情をした。


「採れすぎちゃってね。たくさん売ったんだけど、あまってしまうだろうね」


 店主はため息をつく。そして沈んだ声で「今日売れのこったら、うちでは食べきれないし、捨てないといけないだろうね」と言葉をつづけた。

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