第19話 干し野菜

「じゃあ、干しちゃえば?」


 ぼくと露店の店主の会話に、ふいにアリサがわりこんだ。


「干す?」


 店主がたずねかえすと、アリサはこくりとうなずく。


「そこに吊るしてあるキノコみたいにね! キノコみたいに干しちゃえば、長もちするよ」


「根野菜を干すなんて聞かないね。だいたい、しっかり乾燥できるのかい? 乾燥する前に腐っちまうんじゃない?」


 簡単に言うアリサに、困惑顔の店主が質問をかさねる。


「だいじょうぶ。少し手間はかかるけど、うすく切って干せば乾くよ」


「なるほどね。うすく切るなら、乾燥させやすそうだ!」


 なっとくしたのだろう。店主の表情が明るくなる。しかし、ほかにも気になる点があるようで、すぐ難しい顔にもどった。彼女は言う。


「でも干した根野菜なんて、なにに使ったらいいんだか」


「わたしのおばあちゃんは、汁物の具にしてたよ」


 アリサはそう言うと「とってもいい味がでるの!」と、うっとりとした表情になる。


 ――アリサの祖母といえば、先代の正妃さまだけど。先代の正妃さまが汁物をご自身で料理したなんて、考えにくい。


 そう判断し、ぼくは上着のポケットからメモ帳を取りだし『干し野菜』と覚書をのこした。

 この干し野菜の情報は前世の知識で、アリサの言う『おばあちゃん』とは前世の彼女の祖母なのだろうと、ぼくは判断したのだ。


「なるほど、スープだね。その方法なら、固くなった干し野菜もおいしく食べれそうだ」


 店主は干し野菜の使いみちにも得心とくしんがいったらしい。満足そうに何度も頷くと、先ほど味見をさせてくれた赤い果実を紙袋にあるだけ詰めはじめた。


「いい話を聞かせてくれたお礼だよ! もらっておくれ」


 言って、店主は果実のはいった紙袋をアリサの前にずいとさしだす。

 ほくらは露店の店主にていねいに礼を言い、もらった果実を食べながら散策を再開した。

 重そうだったので、ぼくはアリサから紙袋をあずかる。

 するとエスミーが瞳を輝かせて「おいしいトマルの実が、こんなにたくさん!」と声をあげる。


「トマルの実?」


「ええ。わたし、トマルの実が大好物なのです」


 満面の笑みで、エスミーがアリサに返事する。


「じゃあ、たくさん食べてね」


 よろこぶエスミーのすがたにほほ笑みながら、アリサはそう言った。

 アリサの言葉を合図に、ぼくはたくさんのトマルの実をエスミーに手渡す。

 するとエスミーは「わあい!」と歓声をあげ、トマルの実をおいしそうに食べはじめた。

 ぼくは「アリサも」と口にし、彼女にもトマルの実を手渡す。

 するとアリサはにこりとほほ笑んで「ありがとう」と言い、ひとつ口にはこんだ。


「おいしい?」


「うん」


 トマルの実をほおばりながら、アリサが僕の問いかけに機嫌よくうなずく。

 つぎにエスミーに再度、ぼくはトマルの実を手渡した。すると好物に機嫌をよくした彼女は「トマルの実は飲み物なのです!」と名言ならぬ迷言を口にし、ぱくりとトマルの実をほおばった。

 そうやって、ほほ笑ましくエスミーを眺めたり、他愛もない話をしたりしつつ、ぼくたちはマーケットの散策をつづける。


 そのうちに、ひとりの大道芸人をみつけたアリサが歩みをとめた。

 ぼくもアリサといっしょに足をとめる。

 大道芸人の帽子から、つぎからつぎへと花がわきでた。


「魔法みたい」


 大道芸をながめつつ、アリサがひとりごとをくちにする。それから、彼女はぼくをふりかえり「魔法と言えば、カイの精霊魔法はすごかったわ!」と興奮した様子で言った。しかし、すぐに表情を暗くすると、つづける。


「わたしも、そのうち『芽吹きの祝福』を使えるかな?」


 ぼそりとつぶやき、アリサはさらに言葉をかさねる。


「王女に転生したと知ったときは楽勝人生のはじまりだって、よろこんだのに。まさか一族のみんなが使える魔法が、わたしだけ使えないなんてね。これじゃ、王女だなんて胸をはって言えないわ」


 冗談めかして言ったアリサは、ぼくに無理やり笑顔をつくってみせる。

 必死なアリサの笑顔に、初めてであった日の七歳の彼女がだぶって見えた。


 ――あれから七年もたつのに、アリサの心にはまだ埋まらない穴があるんだ。


 できればそんな穴、ぼくの手で埋めてしまいたい。

 しかし下級貴族で、しかも養子のぼくでは力不足がすぎる。

 ぼくにできるは、アリサのそばをはなれず、見守るだけ。


 だれにも理解できない孤独を抱えたアリサをひとりにしたくないと思い、魔導騎士見習いになろうとした。

 そして今、最初の計画とはちがう形でだが、思っていた以上にアリサの近くにいる。


 ――だけど……


 こんなに近くにいるのに、なんの助けにもなれていない気がして、ぼくは自分をもどかしく感じる。


「アリサ」


 気もちの高ぶりをおぼえて、ぼくは思わず右手をアリサの頬に近づける。しかし、ぼくはその手をとめた。


 ――だれかが、ぼくらを見ている?


 ふと感じ、ぼくの注意は一気に自分たちのまわりにうつる。

 ぼくの変化に気づいたアリサが「カイ?」とぼくを呼び、不思議がった。

 その直後だった。

 突然、ガシャンとなにかが割れる大きな音がして、ぼくとアリサは驚いて音のするほうへ意識をむける。


「こんな物を売りつけやがって! なめてんのか!」


 男の怒鳴る声が進む先から聞こえてきた。

 女性が「キャア」と悲鳴をあげている。


 不穏な空気に、ぼくとアリサは顔を見あわせた。

 するとアリサが「あれ?」と声をあげる。


「エスミーは?」


 焦った声で言って、アリサはまわりを見まわす。


 ――言われてみれば、ぼくとアリサは大道芸人を見るために足を止めた。でも、エスミーはどうしたのだったか?


 アリサの言葉で思いいたり、ぼくもエスミーを探して慌ててあたりを見まわした。


「もしかして、騒ぎになっているあたりにいるんじゃない?」


 ぼくは推量を口にする。

 そして、ぼくとアリサはもう一度顔を見あわせると、ふたりして騒ぎの中心にむかって駆けだした。

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