第20話 暴漢
「エスミー!」
エスミーの名を呼びながら、アリサは騒ぎの中心にむかって走る。
ぼくもアリサの背を追いつつ、エスミーのすがたを探した。
「アリサさま! ここなのです!」
まもなく声がして、人ごみで手をふるエスミーを見つけた。
「よかった! 無事ね」
アリサはエスミーの両手をにぎり、安堵の息をつく。
「はぐれてしまって、すみませんなのです」
「ううん。わたしとカイが遅れたの。わたしたちこそ、ごめんね」
アリサとエスミーは、おたがいに謝りあう。そして、彼女たちはふたりして「えへへ」と笑いあった。
そこへまた、女の声が聞こえてくる。
「おねがいです! やめてください!」
必死に懇願する声だ。
おかげで、アリサとエスミーのまわりの穏やかな空気がいっきに凍りついた。
「いったい、なんの騒ぎなの?」
言うが早いかエスミーの手をはなすと、アリサは騒ぎに近づこうと歩きだす。
ぼくは慌てて「行っては駄目だ! 危険かもしれない!」と忠告し、アリサのあとを追った。
◆
ぼくらは人ごみをかきわけ、なんとか野次馬の先頭にでる。
「これは土産物です。本物なんて、こんな露店にあるわけがありません」
ネックレスや指輪が散乱するなか、膝をつき座りこむ女性が眉をよせて青ざめている。
女性の背後には散乱するアクセサリーを陳列していたと思われる露店があった。女性の話しから、彼女がこの露店の女店主だとわかる。
女店主の視線の先には、ふたりの若い男がいた。
背が高く細い男と背が低く太った男の二人組で、彼らは女店主を睨みつけている。
「そんなの、客にわかるわけねえだろ!」
背の低い太った男が、座りこむ女店主に怒鳴った。
「どうしたの?」
困惑顔のアリサがだれにたずねるでもなく疑問を口にする。
「土産物屋の店主に、客が言いがかりをつけてるんだよ」
アリサの隣に立つ野次馬のひとりが教えてくれた。
ぼくらは教えてくれた野次馬のほうをむく。
すると、その野次馬は話をつづけた。
「売ってるアクセサリーが偽物だって、あの二人組が
野次馬はそこで言葉をきり、騒ぎの中心の男たちをあらためて見る。そして、眉をひそめると「じゃないと、あんなに安いわけがない。なのに、あいつら」と、不愉快だって目をほそめた。
「だました
二人組のうち、背の高い痩せた男が
「そんな! こんな場所、こんな値段で本物が売っているわけがないのに」
緊張した面持ちながらも、女店主は自分の主張をまげない。
「うるせえ! さっさと詫びの金をだしやがれ!」
太った男は怒鳴ると、右手を高くふりあげる。
なかなか金銭で解決しようとしない女店主にしびれをきらしたらしい。今にも、ふりあげた右手で彼女を殴りそうだ。
「やめて!」
ぼくのすぐそばで声があがる。
――アリサ?
声の主にぼくが思いいたったときには、ときすでに遅し。アリサは二人組の男と座りこむ女店主の間にわってはいり、女店主をかばって両手を広げた。
「アリサ!」
思いもよらぬアリサの行動に、ぼくは慌てて彼女のあとを追う。
「女の人に手をあげるなんて! あなたたち、恥ずかしくないの?」
ぼくがアリサのそばに駆けよる間に、アリサは二人組に
「なんだ? ガキ、お前も怪我したいのか!」
背の高い痩せた男がアリサをにらみつけた。
「彼女に手をだすな!」
アリサに危険がおよびかねないと判断し、ぼくはアリサに駆けよると自分のうしろにかくまう。
――さて、どうしよう。
ぼくは二人組を警戒しつつ、まわりを確認する。
野次馬がたくさん。
それに、おろおろとするばかりのエスミー。
運も悪く、街を巡回する王城の兵士のすがたは見当たらない。
――自分で切り抜けるしかないか。
ぼくは他力をあきらめ、どうすべきか考えをめぐらせる。
精霊魔法なら二人組をねじ伏せるなど容易だ。
しかし、先ほどの演習場でも威力の調整に失敗し、エスミーを危険にさらしている。精霊魔法を使うのは、まわりの人々を巻きこみかねない危険な行為だ。
では、剣はどうだろうと考えた。これもまた、すぐに却下した。残念ながら町人に扮装しているため、剣は王城においてきたのだ。
――ぼくは馬鹿か! つぎからは、ぜったいに護身用のナイフを持ち歩こう!
自分で自分を苦々しく思って、ぼくは小さく舌打ちする。
――しかたない。ここは、あれを使うのが得策か。
「子どもにまで手をあげるの? ほんとうに最低ね!」
対処法の結論をだした直後、ぼくの背後でアリサがまた二人組を挑発する。
ぼくは短い時間で考えた作戦を実行すべく、小声で睡魔の魔法の詠唱をはじめる。
右手に魔力が集まり暖かくなっていく。
「なんだと! このガキッ!」
背の低い太った男がアリサに掴みかかろうとする。
――あと少し、間にあえッ!
「お前ら、なにをしている!」
アリサに太った男が手をのばしたときだ。厳しい声がした。
声のした方向に、二人組とその場にいた全員が目をむける。
声を発したのは、魔導騎士見習いの正装に身をつつんだ若い男だった。
「なにをしていると質問している。答えないか!」
言いながら、魔導騎士見習いが近づいてくる。
近づいてくる魔導騎士見習いは、ぼくのよく知る人物だった。
「ファビオ」
ぼくは思わず、魔導騎士見習いの名を口にする。ファビオの名を呼んだために、詠唱がとぎれる。詠唱がとぎれた瞬間、右手に集めていた魔力が霧散した。
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