第21話 魔導騎士見習いのファビオ

「あの、この人たちが」


 ファビオの質問に答えようと、女店主が口をひらきかける。

 すると、二人組の男はびくりと身をふるわせた。


「な、なんでもないんですよ。旦那。ちょっと誤解があっただけで」


 背の低い太った男は女店主の言葉をさえぎり、へらへらと愛想笑いをする。そして背の高い痩せた男に目配せして「なあ」と同意をもとめた。


「そ、そうなんですよ。おれらの勘ちがいです、悪かったね、お嬢さん」


 簡単に謝罪して、背の高い痩せた男も作り笑いをする。それから、彼は「じゃあ。おれらはこれで」とつづけ、ふたりして人ごみをかきわけて去って行く。


 逃げ去る二人組が見えなくなるまで、ファビオは彼らを黙ってにらんでいた。二人組が完全に見えなくなると、ファビオはぼくらにむきなおる。


「だいじょうぶでしたか?」


「あ、ありがとうございました。魔導騎士見習い様!」


 ファビオに声をかけられ、座りこんだままの女店主が礼を言う。


 そうなのだ。名乗らなくとも、ファビオは装いから魔導騎士見習いとわかる。先ほどの二人組もそれに気づき、逃げていったのだろう。

 魔導騎士見習いは、剣と魔法にすぐれた人物がつく役職。街のチンピラがかなうはずもない。この国の者なら、だれでも気づく。


「なにがあったか知らないが、騒ぎがおさまってなによりだ」


 ファビオはそう言って女店主にほほ笑むと、あたりを見まわす。

 騒ぎは終わったのだと野次馬たちも気づき、ひとり、またひとりと立ち去っていった。

 そんななか、心配した様子のエスミーがアリサに駆けよる。


「きみたちも、だいじょうぶかい?」


 まわりを見まわしていたファビオがそう言って、ぼくらに話しかけてきた。そして、ぼくと目があうと、驚いた顔をして「お前は」とつぶやく。

 ぼくがファビオに気づいたと同様、彼もまたぼくに気づいたのだ。

 そこへ座りこんでいた女店主が立ちあがり、アリサとエスミーに近づく。


「お嬢ちゃんもありがとう。助けにはいってくれて」


 女店主がアリサの手をとり、礼を言う。

 アリサは首をふり「いいえ。わたしは結局、なにもできなくて」と女店主に応じた。

 ファビオはアリサたちのやりとりに気づき、ぼくにむけていた視線をアリサに移す。それから彼は「あなたは」と、アリサをまじまじと見る。

 そして、ファビオは再度ぼくに目をむけると、合点がいった表情をした。


 女店主がひとしきり礼を言い、自分の露店にもどっていく。

 それを見届けたファビオがアリサに話しかけた。


「もしかして、第七王女のアリサさまでは?」


 声を若干おさえ、ファビオがアリサにたずねる。

 エスミーと話していたアリサは、ふいの質問に少し驚き「ええ」とうなずいた。途端、彼女は「そうだわ! 魔導騎士見習いさま。助けてくださって、ありがとうございました」と思いだしたと言わんばかりにファビオに礼を言った。

 エスミーもアリサにあわせ、ファビオに慌てて一礼する。


「お忍びでお出かけ、と言ったところでしょうか?」


 アリサの礼の言葉には答えず、ファビオは声をおさえたままアリサに笑いかける。


「ええ。そんなところです」


 アリサはあっけらかんと答える。

 ファビオはそんなアリサに、にこやかにほほ笑みかけると「そうですか」と応じ、言葉をつづけた。


「まさか、こんな場所でお会いできるとは。イリエンシス神のおみちびきに感謝しなければ!」


 小声ではあるが大げさな態度で、ファビオはアリサとのであいをよろこんだ。


「はあ?」


 アリサは間のぬけた返事をし、困惑顔になる。

 アリサのこの態度で、彼女が自分を不審に思っていると気づいたのだろう。ファビオは小さく咳払いをすると、居住まいをただした。


「唐突にすみません。申し遅れました。わたしはファビオ・カノーバ」


 あいさつしたファビオは、あらためて礼儀正しくアリサにお辞儀してみせる。


「カノーバ卿の? では、あなたはマリオラお姉様の婚約者の」


 ファビオの名前を聞いて、アリサは思うところがあったようだ。


「それは兄です」


「そうなのですね。失礼しました」


 ファビオに訂正され、アリサはすぐに謝罪する。

 ファビオは首をふって謝罪の必要がないとしめすと「あの」とアリサに呼びかけた。


「よろしければ今度、お茶にお誘いしてもいいでしょうか? 以前から、お話してみたいと思っていたのです」


 殊勝しゅしょうな態度で、ファビオがアリサにたずねる。

 ファビオの急な申し出に目をまるくすると、アリサは「そ、そうですね。機会があれば」とあいまいに返事をし、ファビオから距離をとった。


 そんなアリサとファビオのやり取りを、ぼくは黙って見ていた。

 しかし、ファビオがなおも言いつのろうとアリサに近づいたとき、さすがにわってはいるべきと考え、一歩前にでる。

 そのときだ。

 ファビオの右手がきらりと光った。光に驚いたぼくは、思わずうごきをとめた。

 ぼくの仕草が目についたらしい。アリサと話していたファビオがきびすをかえし、ぼくへ近づく。


「カイじゃないか。魔導騎士見習いの試験以来だね」


 アリサへの態度とは明らかにちがう。ファビオは意地の悪い笑みを浮かべると「これを見ていたようだが、気になるのか?」と、これみよがしに右手の指をぼくに見せつけた。

 ファビオの右手の中指には指輪がはまっている。


「いいえ。危ないところを助けていただき、ありがとうございますと申しあげたかっただけです」


 ぼくは感情を押し隠して言い、ファビオに丁寧にお辞儀をしてみせた。


 ――挑発に乗ってはいけない。


 子供のころから、なぜかファビオはぼくを嫌っている。よって、ぼくはできるだけ彼に関わりあいになりたくなかった。とにかくファビオの逆鱗にふれないよう、ぼくは心をくだくのだった。

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