第22話 あばれ馬

「すてきな指輪なのです!」


 険悪な雰囲気に気づかないらしい。ぼくとファビオの間にエスミーが顔をだし、指輪を見る目を輝かせる。


「この指輪は魔道具さ。魔法学の師であるレーン卿が、魔導騎士見習いになったいわいに贈ってくださったんだ」


 エスミーに答えながら、ファビオは意味ありげな視線をぼくによこす。

 ファビオの意図はわからなかったが、ろくな意味ではないだろう。無意識に、ぼくは首からさげたペンダントを服のうえからにぎる。


 ――ぼくも義父とうさんから魔道具をもらったと知ったら、ファビオは面白くないんだろうな。


 そう察し、ぼくは黙ってこの場をやりすごすと決めた。


 ――そういえば、アリサはどうしているだろう?


 ファビオを意識のそとに追いやりたくなったからかもしれない。ぼくの意識はアリサにむく。


 視線だけうごかし、ぼくは目のはしにアリサをとらえた。ファビオをエスミーにまかせ、ぼくはアリサを注視する。


 ぼくらから少し離れ、アリサは道ばたにならぶ露店を見ていた。

 香辛料、衣料品、土産物に飲食物。いろいろな店をアリサはきょろきょろと眺めて歩く。


 大聖堂前で人どおりが多いからだろう。ルバト広場はとても広い。

 そのため広場を横ぎる道がいくつもあり、マーケットの露店の大半はその道ぞいに軒をつらねていた。


 ――なにか目当ての品でもあるのかな?


 ぼくは興味深くアリサを見ていた。

 すると、アリサのうごきがぴたりと止まる。彼女は反対側の道ばたをじっと見はじめた。

 アリサの視線を追って、ぼくは彼女が見ている店を探った。


 反対側の道ばたもこちら側と同じだ。たくさんの露店がひしめきあって並んでいる。

 そのなかに、一際ひときわたくさんの客があつまる露店があった。


 ――ずいぶん人気だけど、なんの店だろう?


 ぼくが疑問を感じた瞬間だった。アリサがふたたび歩きだす。

 ぼくはあらためて意識を露店からアリサにうつす。


 人だかりのできた露店に視線を向けたまま、アリサは道を渡るつもりらしい。

 そこへ広場を横ぎるのだろう。アリサのいるほうへむかい、馬車がやってくる。人でごったがえしているため、馬車はゆっくりと進む。まわりを歩く人々も、のんびりと馬車を避けていた。


 ――あの速度なら、心配ないだろう。


 アリサに危険がおよばないかと考えたが、ぼくは思いなおす。

 しかし念のため、ファビオたちから離れ、ぼくはアリサにむかって歩きだした。


 そのときだ。

 とつぜん、ガシャンとかたい物がわれる大きな音がした。びしゃんと水音もする。

 音のした方向を見ると、馬車がとおりすぎる脇の露店で、大きな水瓶がわれていた。


 割れた水瓶を目にした瞬間だ。

 馬車をひく馬が「クゥイーンッ!」と、けたたましい鳴き声をあげた。

 馬車の御者が馬をなだめようとしたが、馬に御者の声はとどかない。

 われを忘れた馬が、いきおいよく駆けだした。


 ――まずい!


 馬のむかう先にアリサがいる。

 慌てたぼくは、アリサに危険を知らせるべく叫ぶ。


「アリサ、逃げろ!」


 叫びながら、ぼくは駆けだす。


 ばくの必死の叫びに反応をみせず、アリサは荒れ狂う馬を見ている。彼女も水瓶がわれる音で、馬に視線をむけたのだろう。

 しかし、アリサのまわりの人々は叫び声をあげて逃げまどっているのに、なぜかアリサだけは馬を凝視したままうごかない。


 ――なぜ逃げないッ!


 ぼくは利き足で強く地面をける。そして飛びかかるがごとく、アリサを抱えこむと道の反対側に転がり飛びのいた。上着と石畳がこすれる音だろう。ぼくの耳にザザと耳障りな音がひびく。石畳のうえをすべる右腕がいっきに熱をおび、痛みがはしる。


「ぐうッ!」


 ぼくは声にならない声でうめいた。衝撃で一瞬、気をうしないかけたが、なんとか持ちこたえる。


「アリサさま! カイさま! だいじょうぶなのですか?」


 悲鳴じみた声をあげ、エスミーがぼくらに駆けよった。

 痛む体に鞭うち、おきあがったぼくは座りこむ。同時に、アリサも座った体勢になれるよう、彼女が体をおこすのを手伝った。

 怪我はないかと、エスミーはアリサの体を見まわす。

 エスミーが確認する間も、アリサは身じろぎひとつしない。ぼくの上着を掴んだまま、彼女はぼんやりとしている。

 アリサに問題はないと確信したのだろう。エスミーは安堵のため息をこぼすと、今度はぼくに目をむけた。


「たいへん! 服がぼろぼろなのです!」


 悲鳴をあげ、エスミーはぼくの右腕を持ちあげる。


「血もでてない。派手に転がったわりに、だいじょうぶみたいなのです」


 ボロボロになった右腕の袖を確認しながら、エスミーがつぶやく。そして、ようやく落ちつきを取りもどした彼女は「かすり傷ですんで幸運だったのです」と口にし、ぼくの右腕を解放した。

 エスミーに解放され、ぼくは人心地つく。それからアリサにむきなおると、彼女に強い口調で話しかけた。


「アリサ。どうして逃げなかったんだい?」


 ぼくは思わずアリサを問いただす。

 しかし、アリサは反応をしめさない。心ここにあらず。いまだに、ぼくの上着を掴んだままだ。


 ――なにか、おかしい。


 ぼくはアリサの態度に違和感をおぼえる。

 エスミーもアリサの異変に気づいたらしい。彼女も心配そうに眉をひそめた。


「アリサさま。だいじょうぶですか?」


 遅れてファビオが近づいてきた。しかし、ぼくとエスミーの当惑を感じとり「いったい、どうしたんだ?」とアリサの様子をうかがう。そして、ぼくらと同様にアリサのありさまに眉をひそめた。

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