第11話 身分ちがいの恋

「ほんとうに、アリサ様を見守るためだけでしたのね。魔導騎士見習いになろうとしたのは」


 言いながら、ロザリーが無感情な視線をぼくにむける。それから、そっと眉をよせると「それは、アリサさまをと、考えていいんですわね?」と、ぼくに質問した。


「うん。ぼくはアリサ王女が好きだ。魔導騎士見習いになりたかったのも、アリサ王女のいる王城内で仕事ができると思ったからだからだよ」


 ぼくはきっぱりと肯定する。これは、いつわりのない事実だ。ぼくはアリサに恋愛感情をもっていて、だれよりも彼女を大事に思っているつもりだった。


 王城の礼拝堂でめぐりあって以来、ぼくとアリサはすぐに仲のいい友人同士になった。

 すんなりと心を許しあえたのは、もしかしたら、お互いに孤独を抱えていたからかもしれない。


 アリサは周囲の人間には理解できない別の世界の記憶によって。ぼくは実の両親を知らない事情によって。ぼくたちふたりは、埋めようのない孤独を経験していた。

 おなじたぐいの孤独ではない。しかし、他人には理解しがたい孤独があると、お互いに知っている。そして、その孤独をおたがいに埋めあうがごとく、ぼくたちは交流を深めた。

 そうやって多くの時間をいっしょにすごすうち、ぼくはいつの間にかアリサに恋愛感情を抱いてしまったのだ。


みのらぬ恋だとしても?」


「身分ちがいなのは、わかっているから。そばで見守れるだけでいいんだ。おかしいかな?」


 ロザリーの質問に答え、ぼくは心からの疑問を彼女にたずねかえす。

 ぼくの切り返しが予想外だったのかもしれない。ロザリーは困惑で表情をゆがめた。


「おかしい気も、不健全な気もしますわ。でも、純愛と言えなくもない」


 言いにくそうにして、ロザリーははっきりした答えを口にださない。


 数秒間、いたたまれない空気が客車内を包む。

 すると、陰気な空気にたまりかねたらしい。ロザリーが「まあ、カイの恋愛観が正しいか、まちがっているかはおいておいて」と言って、強引に話の矛先をかえた。


 ぼくの首元に目をむけたロザリーが「これ」と言って、ぼくに手をのばす。

 そして、しゃらりと涼やかな音をさせ、ぼくの上着の首もとからペンダントを引きだした。


「な、なに?」


 ロザリーの行動に驚いて、ぼくは文句を言う。

 しかし、ロザリーは僕の抗議を無視して、ペンダントトップをじっと見つめた。

 ペンダントトップには雫型にカットされた大ぶりの水晶があしらわれていて、やわらかな緑色の光をはなっている。


「魔法石。これは、打撃耐性の基礎魔法ですわね」


 ロザリーが言った直後だ。緑色の光を放っていた水晶が色を変えはじめた。

 そして、今度は青色の光を放ちはじめる。


「ああ。もう一つ刻みこまれているのね。こちらは魔法耐性だわ。ふたつの魔法がとても調和のとれた形で収まっている」


 感心しながらロザリーが言う。


 ロザリーの言うとおり、このペンダントにあしらわれている水晶は魔法石だ。


 魔法石に使う水晶はもともとは透明だが、基礎魔法を刻みこむと魔法の種類によって発色のちがう光をまとう。そのなかには、ぼくのペンダントトップの魔法石とおなじで緑と青の二色の光を放つ魔法石もある。こういう色が変化する魔法石は、光の変化の数だけ基礎魔法が刻みこまれているのだ。


「傷ひとつない。とてもいい魔法石ね。まちがいなく特級品だわ」


 品定めしながら言うと、ロザリーはペンダントトップから手をはなした。

 しゃらりと音をたて、ぼくの首にペンダントの重みがもどる。


 ロザリーのいうとおり、ぼくのペンダントトップの魔法石は特級品だ。


 水晶に基礎魔法を刻みこむ行為は、水晶自体に負担をかける。

 よって技術不足や、水晶の品質が粗悪など、状況によっては基礎魔法をひとつ刻もうとしただけでも水晶を破損する場合がある。

 そんな基礎魔法の刻みこみを複数おこない、しかも水晶にひび一つ生じさせない魔法石。それは希少品とみなされ、特級品として珍重されている。


「このペンダント、護身用の魔道具よね? こんな高価な魔法石、以前からもっていたかしら?」


 言いながら、ロザリーが首をかしげる。


「役職が決まったお祝いにって、義父さんがあつらえてくれたんだよ」


 ぼくがそう応じると、ロザリーは「そう。じゃあ、これはお父さまの魔法石なのね。さすがだわ」と、ぼくの胸でゆれるペンダントトップに羨望の眼差しをむけた。


「すてきね。わたくしもお父さまにお願いして、あつらえてもらおうかしら」


「ロザリーなら自分で魔法石が作れるじゃないか。きみの作る魔法石だって、特級品あつかいだろ」


 笑いながら、ぼくはロザリーに応じる。


 世間的には、レーン家の魔法石マイスターは義父さんだ。しかし、彼の娘であるロザリーも負けていなかった。義父さんの才能を受け継いだのだろう。彼女も腕のいい魔法石マイスターなのだ。


 実のところ、魔法石の製造依頼があまりに多く、義父さんだけでは答えきれていない。よって、レーン家製の魔法石として出まわっている魔法石のなかには、ロザリーの手による魔法石も多くあるのだ。


 ちなみに、ぼくも魔法石を作れなくはないが、基礎魔法ひとつを刻みこむのがやっと。複数魔法の刻みこみには成功したためしがない。よって、魔法石製造に関して、ぼくは恥ずかしながらレーン家のなかでは戦力外だった。


「わたくしなんて、まだまだよ。お父さまには遠くおよばない」


 そう応じるロザリーの言葉は、いつわらざる本心からの言葉にぼくには思えた。


 ロザリーは魔法石製造の技術をより高めようと日々努力している。そして努力のかいもあって、めきめきと成長している。そうであるのに、ロザリーはおごったりせず、謙虚に自分をかえりみている。

 そんなロザリーを好ましく思い、ぼくは「義父さんに追いつけるよう、がんばらなきゃね」と彼女にほほ笑みかけた。


 その後、ぼくとロザリーは魔法石を使った魔道具の話に花を咲かせつつ、家路についたのだった。

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