第10話 働きアリと、ぼくの気持ち

 礼拝堂の休憩室でも話したとおり書記官になる前、ぼくは『魔導騎士見習い』の職を希望していた。

 ぼくがなりたかったこの魔導騎士見習いは人気の職だ。

 なぜなら、魔導騎士見習いとして優秀な者は『王城魔導騎士』になれるからだ。王城魔導騎士はこの国でもっとも名誉ある役職のひとつ。貴族の子弟なら誰もが一度は王城魔導騎士になりたいと夢見る。

 魔導騎士見習いとは、そんな夢の職に就くために必要な登竜門なのだ。


 そんな希望者の多い魔導騎士見習いだが、毎年決まった人数しか採用されない。どんなに優秀な人材が集まったとしてもだ。よって、希望者は実技と筆記の試験を受け、試験結果のいい上位数名が魔導騎士見習いの職をえる。これが公のルールだ。


「魔導騎士見習いにファビオは受かったと聞いたわ。あの子よりカイ、あなたのほうが優秀なのに! 父親の権力を振りかざしたにちがいないわ!」


 僕の返答が気に食わなかったらしい。ますます憤慨し、ロザリーがまくしたてる。


 国政を尊重するなら、ロザリーの言い分はまちがっていると言いたいところだ。しかし残念ながら彼女の言いぶんは正しいため、ぼくは返答に困った。


 なんの因果だろう。魔導騎士見習い試験へ出願するの子弟の人数が例年にも増して多かったのだ。

 こうなると実際には試験のできだけで合格者は決まらない。だれも口にはしないが、それは公然の秘密だ。

 自分で言うのはためらわれるが、試験を受けてみての手応えはかなりあった。

 とくに、実技試験には自信があった。なぜなら、ほかの受験者が試験を受ける様子を見学可能で、自分が志願者のなかでどの水準にあるか大体の検討がついたからだ。

 ロザリーの主張どおり、ほかの志願者より身分が低かったために不合格とされた可能性はとても高い。


 ただ、そうであったとしても今、ぼくは試験の合否をもはや

 そのため魔導騎士見習いになれなかった事実に、ロザリーほどの憤りは感じていなかった。


「そんな物言いは、いつも上品なロザリーにはふさわしくないよ。ぼくは今の仕事で満足しているから、そんなに怒らないで。可愛いらしい顔が台無しだ」


 そう言って、ぼくはロザリーの肩に手をおき、彼女をなだめる。

 ぼくの言動に、驚いたらしい。ロザリーは目をまるくした。それから、少し間をおいてうらめしそうに僕をにらむと、ため息まじりに話しだした。


「そんな態度だから、あなたのまわりの女の子たちは勘ちがいしてしまうのだわ! あなたはもっと、言葉に気をつけなさいな!」


 ロザリーの言葉の意味がわからず、ぼくはきょとんとしてしまう。

 ぼくに話が通じていないと、さっしたのだろう。ロザリーは毒気をぬかれた顔になると、ため息をこぼして話をつづけた。


「でも怒っても魔道士見習いの件はどうもならないと、わたくしもわかっていますの。それでも、実力より家柄が優先される現状が悔しいのです」


 言葉では『悔しい』と言っているが、そう言ったロザリーの表情は悲しげだ。彼女の話はつづく。


「カイも知っているでしょう? レーンがかげで『働きアリ』なんて呼ばれているのを」


 表情をひきしめると、ぼくは無言でうなずく。ぼくのためだけにロザリーが怒っているのではないと、ようやく気がついたのだ。


 ――ロザリーは、レーン家のためにも怒っているんだ。


 王城に自由に入場が許されている貴族のなかで、レーン家は一番身分が低い家柄だ。

 しかし、ロザリーの口にした『働きアリ』は家柄の低さを揶揄やゆする言葉ではない。これはレーン家の生業である魔法石の商いをあざけった言葉だ。


 そもそも通常、この王国の貴族は生業などもってはいない。そのかわり、貴族はそれぞれ領地をもっている。その領地でとれる作物など価値ある物資を税として吸いあげ、自分たちの暮らしをたてているのだ。そして、そういう生活を送れるまわりに見せつけて彼らは社会的地位を守っている。

 つまり、働くのは庶民で貴族が働くなど恥ずかしいと、この国の貴族の主流派は考えているのだ。


 ところが、レーン家は大した領地はもっておらず、領地からの収入はわずか。領地経営だけでは貴族の主流にはほど遠い。

 そんなレーン家が貴族らしくふるまえるのは、義父のアドレムが魔法石製造で手にした莫大な資産によるところが大きい。

 それは主流貴族からすれば、いやしくもあくせく働き、身分を金で買ったとみえるのだろう。

 ある頃からレーン家は、王城のそこかしこで『働きアリ』と陰口を叩かれだしたのだ。


「お父さまは『働きアリ』なんて揶揄されて、腹がたたないのかしら? 大したお金にもならないのに、頼まれたからって高位貴族の子弟の家庭教師まで引き受けて。人がいいにも、ほどがあると思わなくて?」


「お金って……、ロザリーはしまり屋だね。言いたい人には、言わせておけばいいよ。義父さんがすごい人だって、ぼくたちは知っているだろう?」


 ロザリーをなだめ、ぼくは「ちなみにだけど、ぼくは不合格を気に病んでないからね」と、あらためて彼女に告げた。

 しかし、ぼくのこの発言もロザリーには気に食わなかったらしい。彼女は言う。


「たとえ女性が就くべき役職であっても、カイにとっては今の役職のほうがと言いたいのかしら? 魔導騎士見習いよりも」


 ロザリーは口をへの字にまげて、ぼくにたずねる。


「そうだよ。だから義父さんの話はともかく、ぼくの心配はしないで」


 いやな雰囲気をふりはらうべく、ぼくはロザリーに明るく応じる。

 するとロザリーは呆れたと言いたげな表情をした。

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