第9話 ロザリーとレーン家の生業

「カイ、明日は正装で来てね!」


 突然、背後で大きな声がした。

 ぼくは驚いてふりかえる。

 すると息をきらせ、慌てた様子のアリサが祭壇の前に立っていた。

 呼びかけ声の主は、アリサのようだ。


「わかりました! 正装でうかがいます!」


 ぼくも声をはり、アリサに応じる。そして、ロザリーとともに礼拝堂を立ち去った。


 ◆


「ロザリー、どうして王城へ? ぼくの居所がよくわかったね」


 レーンの屋敷への帰り道。ぼくは馬車のむかいの席に座るロザリーに話しかけた。


「今日は正妃さま主催で、手作りアミュレットの講習会をひらいていたの」


 窓の外を見ながら、ロザリーは答える。


 ロザリーの言う『手作りアミュレットの講習会』とは、レーン家の生業なりわいである魔法石製造の宣伝活動のひとつだ。定期的に行っていて、人気のある催しだ。


 ちなみに魔法石とは、魔法を刻みこんだ水晶をさす言葉。


 この王国で魔法を使うにはいくつか方法がある。

 基礎魔法を学んだ者が呪文を詠唱して一時的に精霊と契約し、魔法を発動させる『基礎魔法』。

 精霊自体を呼びよせ呪文詠唱なしで魔法を行使する『精霊魔法』。

 神に祝福された王族の血筋だけが扱える呪文詠唱が不要な『特殊魔法』。

 そして、基礎魔法を扱う知識がなくても呪文詠唱なしで魔法を使える『魔法石の活用』。

 この四つの方法が一般的だ。

 四つのうち一番手軽で、だれもが魔法を使えるのが『魔法石の活用』だ。


 しかし、水晶に魔法を刻みこむ作業は容易ではない。製作者には、たくみに基礎魔法をあやつる手腕、慎重に魔法を水晶に刻みこむ忍耐力など、高度な技術が要求される。そのため基礎魔法が使えても、魔法石を作れない人間が大半だ。

 よって、魔法石は簡単に魔法を使えるが、製造できる人間も数もかぎられ、貴重なアイテムとして認識されている。


 そんな魔法石の製造を得意としているのが、ロザリーの実父であり、僕の義父でもあるアドレムだ。


 アドレムは貴族でありながら腕のいい魔法石マイスターとして名をはせている。彼は、王族や貴族からの依頼で魔法石の製造を多く請け負っているのだ。

 この魔法石の製造の対価は実入りがよく、レーン家の財政は魔法石の製造依頼件数に大きく依存していた。

 こういった事情から顧客維持と新規受注をめざし、定期的に講習会などの催しをひらいて魔法石の製造技術を宣伝しているのだ。


 ところで、この『手作りアミュレットの講習会』では、安価な魔法石を使った簡単な護身用のアクセサリーを作る。参加者の大半は、貴族のご婦人やご令嬢だ。

 パーツはこちらレーン家で用意して、参加者には見本どおりに作ってもらうだけなのだが、これがなかなか評判がいい。

 参加者は皆、貴族だけあって豪華なアクセサリーなど見なれている。

 それでも、自分で作るアクセサリーは愛着がわくらしく、この催しは毎回満員御礼だ。


 本来、魔法石の主な顧客は家長クラスの貴族で、ご婦人がたではない。

 しかし、家長クラスの男性貴族の耳にもご婦人がたからのいい評判は聞こえてくるらしい。奥方や娘から話を聞いたと言って大きな商談をくれる家長クラスの男性貴族は少なくない。


 余談だが、今回の講習会は『正妃さま主催』となっているが、実情は正妃さまに許可を取って催しているだけだ。実際にはいつも、ロザリーが取り仕切ってくれている。

 そのため、ご婦人がたからの評判によって獲得した商談は、ロザリーの功績によるところが大きいと言えた。


 ところで、この講習会はご婦人方相手のため、女性が取り仕切るほうが都合がいい。

 しかし、本来レーン家の女主となるはずのロザリーの実母はもともと体が弱く、ぼくが養子に入ってすぐに亡くなっている。

 そのため、レーン家の女主の役割はたいてい、ロザリーがこなしていた。


「今日の講習会の会場は正妃様のサロンだったの。その会場へ行く途中、礼拝堂に入るあなたとアリサさまを見かけたんですわ」


 窓の外に視線をむけていたロザリーがそう答えながら、ぼくへむきなおる。そして、不機嫌な表情を隠さず話をつづける。


「講習会が終わって同じ道を通ったら、まだ礼拝堂から明かりが見えるじゃない」



 そう言うと、ロザリーは言葉をきった。あとは言わなくても分かるだろうと言いたいのだろう。

 ぼくは「なるほど」と納得し、ロザリーの機嫌をとろうとほほ笑んでみせた。

 するとロザリーはため息をひとつこぼし、一瞬柔和にゅうわな表情になる。

 しかし、すぐに元の厳しい顔つきをとりもどすと「それにしても」と口にし、話しだした。


「わたしは、カイが王女専属書記官になるなんて反対だわ!」


「そんな、今さらどうして」


 ロザリーの否定的な態度に、ぼくは困惑する。

 実はこの役職の依頼がきた時から、ロザリーの主張は変わらない。

 そうは言っても、正妃さまからの依頼だ。断るなどできるわけがない。

 よって、実際に出仕さえはじめてしまえば、さすがのロザリーも諦めるだろうと、ぼくは考えていた。

 しかし、ぼくの考えは甘かったようだ。

 ロザリーは未だにぼくの仕事が気にいらないらしい。


「どうして、あなたが女性の仕事をしなければならないの! しかも、あんな出来損ない王女の側近だなんて!」


『この仕事、本来なら女性貴族の仕事よ』


 ロザリーの怒りのこもった言葉を聞いた瞬間、礼拝堂でアリサに同じ話をされたのを思いだす。


「出来損ないなんて言いすぎだよ。ぼくがこの仕事に就いたのは、希望していた役職に就けなかったからなんだから。それに義父とうさんが見つけて来てくれた仕事だし」


 そうロザリーに応じながら、僕はバツの悪さを感じる。

 それはアリサとイリエンシス様と話していた時に感じたのと同種の感覚だった。

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