第三章 芽吹きの祝福
第12話 エスミーとのすみわけ
つぎの日。
アリサと約束したとおり、ぼくは正装して王城のアリサの自室にむかった。
アリサの自室の扉をノックする。
すると「はい、なのです」と返事がして、扉がひらいた。
「カイさま! お待ちしていたのです」
扉をあけ、赤い瞳で僕を見あげる少女が挨拶する。
少女はエスミー。アリサ付きのメイド見習いだ。
エスミーはアリサと同い年の十四歳。小柄なアリサよりは背が高い。とはいえ十四歳の女の子、同じ歳の子どもの平均身長からは
赤みがかった茶色の長い髪は、邪魔にならないよう後頭部の高い位置でひとつ結びにしている。
「おはよう、エスミー。アリサ王女の支度は終わってるかい? はいっても大丈夫かな?」
ぼくは気さくにエスミーにたずねる。
七年前に礼拝堂でアリサにであって以来、ぼくは下級貴族でありながら友人としてアリサと関わってきた。
そのため、一年前からアリサのもとで働いているエスミーとは顔なじみだ。
「王女と言わないと約束したでしょう!」
唐突に、怒り声がエスミーの背後から聞こえてきた。
エスミーは苦笑いしながら「アリサさまは、普段どおりをお望みみたいなのです」と口にし、僕を室内へと招きいれる。
ぼくは「ごめん」とアリサに謝罪しながら、声のしたほうに歩みよる。そして、部屋のなかをざっと眺めた。エスミーのほかに、アリサの側仕えはいないらしい。
エスミーは、アリサの専属だ。しかし、ほかの側仕えの人たちは別の仕事ももっている。よって、いつもアリサのそばにいるわけではないのだ。
アリサはまだ公務も少ないので、普段はエスミーがいれば、大抵の場合は事足りるのだ。
部屋を眺めていた目を前方へもどす。
すると、あわい桃色の髪をアップにまとめ、青みがかった紫色を基調にしたドレスを身にまとう小柄なうしろ姿が目にはいった。
ぼくが近づくと、その人物はこちらにふりむく。ふりむきざま、たっぷりと長いドレスの裾がふわりとひるがえった。
同時に、ドレスの正面のデザインがぼくの目に飛びこむ。
胸元から腰の辺りにかけてあしらわれた大きな四つのリボンが、大人っぽい色合いのドレスに少女らしさを添えていた。
「お姫さまみたいだね、アリサ」
「カイは、わたしをなんだと思っているの?」
僕の軽口に、アリサが口をとがらせて応じる。
誤魔化しに「ハハハ」と、ぼくは笑った。
「とても似合ってるよ」
ぼくはアリサの
すると、アリサはそっぽをむいて頬を赤らめ「最初からそう言えばいいのよ」と、ぶっきらぼうに言った。
ぼくはまた「ごめん」と謝り、苦笑いする。
謝るぼくをアリサが横目でちらりと見る。
「カイも、ちゃんと正装してきたわね」
「うん。正装でって言われてたから。いったい、今日はどうしたんだい?」
ほんとうなら昨日たずねたかった言葉を、ぼくは口にする。
しかし、アリサは顔色を変えて気まずそうにするだけ。答えようとしない。
「これから、正妃さまに会いにうかがう予定なのです」
ぼくに答えたのはアリサではなく、エスミーだった。
――! 正妃さまに?
「そうなの?」
驚いて思わずたずねかえし、ぼくはアリサを見る。
そんなぼくから、アリサは決まり悪そうに目をそらした。
「わたしがカイさまにお伝えしようとしたのですが、アリサさまがご自分で伝えるとおっしゃるので……」
答えないアリサにかわり、申し訳なさそうにエスミーが応じる。
ぼくは白い目をアリサにむけた。
ぼくの視線にいたたまれなくなったらしい。目をそらしていたアリサが苦笑いを浮かべながら、ゆっくりとこちらにむきなおる。
「えへへ。ごめん、言い忘れてた。でも正装が必要なのは、ぎりぎり伝わったでしょう?」
両手の人差し指を突きあわせながら、アリサは弱弱しく主張する。
――なるほど。昨日の帰り際に慌てた様子だったのは、このせいか。
「まあ。かろうじて滑りこんだ感じかな」
「でしょ?」
ぼくの言葉に、アリサが安堵の息をつく。
「カイさま。あまりアリサさまを甘やかしては駄目なのです!」
すかさず、エスミーが釘をさす。
『
エスミーの言葉で、ロザリーが言った言葉を思いだす。
――たしかに、ぼくはアリサを甘やかしすぎているかも。
そう感じ、反省したぼくは「ごめん、エスミー。今後は気をつけるよ」と素直に謝罪する。
するとアリサが慌てて口をだはさむ。
「まあ、いいじゃない。問題は起こらなかったんだから! それより、はやく部屋をでなきゃ、約束の時間に遅れるわよ!」
自分に
「そうだね。正妃様を待たせてはいけないね」
この件を引きのばすつもりはない。ぼくはアリサの提案に同意する。
エスミーも『正妃さまを待たせる』なんて望むはずもなく、反論をひかえた。
「では、いきましょう」
アリサの言葉を合図に、ぼくたちは部屋を出ようとする。
ぼくはふたりの先を歩き、扉をあけてアリサとエスミーを廊下へ送りだした。
するとエスミーが部屋から出る直前、ぼくにむきなおった。
「もう! カイ様ったら、これはわたしの仕事なのです!」
そう言って、エスミーは頬をふくらませる。
ぼくは「ごめん。これも今度から気をつけるから」と、本日何度目かの謝罪をエスミーにしたのだった。
――今日でアリサの書記官になって二日目か。書記官の仕事はもちろんだけど、エスミーとのすみわけも覚えないとな。
僕はそう考えながら、人の気配のなくなったアリサの部屋の扉をしめた。
そして、三人で正妃さまのサロンへとむかうのだった。
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