第13話 王族の証
◆
正妃さまのサロンに着くと、サロンの扉の前にひとりのメイドがひかえていた。どうやら、正妃さま付きのメイドらしい。
エスミーがメイドに正妃さまとアリサに謁見の約束があると告げる。
するとメイドは知っていたようだ。彼女はサロンのなかへ案内してくれ、アリサに来客用の椅子を勧める。
うながされるまま、アリサは席につく。座るアリサの顔はこわばっていた。
アリサの態度をぼくは不思議に思う。
――そういえば、サロンが近づくにつれて、アリサは口数が少なくなった。正妃さまとの対面に緊張してるのか?
正妃さまは、アリサの実の母だ。
何度か面識があるが気さくな方で、アリサもよく懐いている。
正妃さまと会うから緊張しているとは、ぼくには思えなかった。
――声をかけるべきだろうか?
しかし、今から正妃さまに謁見するのだ。
ここはもう、
アリサが心配だったが、ぼくは第七王女専属書記官の役目に徹するべきだと考え、しばらく様子をみると決める。
アリサの座る椅子の背後に、ぼくとエスミーは並び立ってひかえる。
正妃さま付きのメイドは、アリサが座るのを見届けると「少々お待ちください」と頭をさげ、サロンから退出した。
間もなく、正妃さまがサロンに入ってきた。
ぼくとエスミーは、うやうやしく正妃様にお辞儀する。
アリサはお辞儀をしない。黙って座ったままだ。しかし緊張しているのか、肩に力が入っているのがわかった。
「みなさん、楽になさって」
カナルサテン王国の国旗がかかる壁を背にし、正妃さまは上座に座ると言った。
僕とエスミーは正妃さまの言葉を合図に顔をあげる。
すると正妃さまがぼくに目をむけた。
「カイ。昨日から職務に就いているのでしたね。急なお願いを引き受けてくださって、ありがとう」
そう言って、正妃様がぼくにほほ笑みかける。
「滅相もありません。正妃さまから直々に委任いただき、たいへんうれしく思っております」
緊張しながらそう言うと、ぼくはまた頭をさげた。
「さて、アリサ。なぜ呼ばれたかは分かっていますね」
正妃さまは、つぎにアリサに声をかける。
するとアリサは黙ったまま、びくりと体をゆらした。
アリサの態度に不安をおぼえたぼくは、さげていた頭をもたげてアリサを見る。
「アリサ」
黙ったままのアリサをうながしているのだろう。正妃さまがアリサの名前を再度呼んだ。
するとアリサはしぶしぶ席を立つ。
アリサが立つと、正妃さまはエスミーに目配せした。
一礼すると、エスミーはサロンの壁ぎわにおかれた背の高い台をアリサの前に運んできた。その台のうえに小箱をひらいておき、彼女はぼくの隣にひかえなおした。
小箱のなかには、ごくごく小さな石らしき物体が見える。
「なにがはじまるんだ?」
正妃さまに会いにいくとしか聞いていないため、ぼくは不思議がって思わずつぶやく。
「これは、アリサさまの『芽吹きの祝福』の練習なのです」
ぼくの疑問に、エスミーが小声で答えてくれた。
――そうか! アリサが緊張しているのは正妃さまにではなく、この練習にだ!
ぼくはアリサが緊張する理由にきづき、なっとくする。
立ちあうのはこれが初めてだが、アリサが正妃さまと魔法の練習をおこなっている話は、ぼくも耳にしていたのだ。
――だとすれば、あの小箱の中身は植物の種にちがいない。
これからアリサがおこなうのは『芽吹きの祝福』。それは王族だけが使える魔法だ。おもに国家行事で使われ、国の繁栄に見立てて花など植物を短時間で芽吹かせる。デモンストレーションに最適の魔法だが、聞くところによると回復魔法としても使えるらしい。
ちなみに、この魔法は特殊で詠唱を必要としない。その点では精霊魔法に近い魔法だ。
アリサがこの魔法を苦手としているのは、ぼくももちろん知っている。アリサが緊張するのは、無理もない。
「では。はじめてちょうだい」
正妃さまにうながされ、アリサは「はい」と返事をする。同時に、ゆっくりと両手を小箱にかざした。
サロンに入ってきて初めて聞くアリサの声は、小さくたよりない。そのせいだろうか。小柄な彼女の体が余計に小さく見えた。
「お願い、芽吹いて!」
アリサがつぶやく。すると、彼女の両手があわく光りはじめた。
魔法が発動したのだろう。しかし、種に変化はない。
「想像して。自分のなかに種の生命力を取りこみ、取りこんだ生命力を自分のなかで倍増させ、また種にかえすの」
正妃さまが助言する。
アリサは小さく「はい」とうなずく。
「取りこんで、倍増して、かえす」
アリサは種に手をかざしながら繰りかえしつぶやく。
「取りこんで……」
何度目かにつぶやいたときだ。種が光をおびはじめた。しかし、つぎの瞬間。つるりとした見た目だった種がしおしおと
「ああ」
集中をきらせ、アリサが落胆まじりの声をあげる。
「失敗ね。ここまでにしましょう。生命力を取りこめたけれど、種にもどせなかったみたいね」
正妃様は淡々と状況を分析した。
アリサは思いつめた表情で、じっと萎びた種を見つめている。
「アリサ王女、大丈夫ですか?」
アリサの様子が気になって、ぼくは彼女に声をかけた。
「お兄さまやお姉さまたちはできるのに。わたしはこの国の王女にふさわしくないんだわ。きっと、わたしが別の世界の人間だから……」
とりとめもなく、後ろむきな言葉がアリサの口からあふれだす。
「また、そんな事を。あなたは国王陛下とわたしの娘です。その顔、お父様にそっくりではないですか」
王妃さまはアリサの考えを否定した。
しかし、アリサの表情は晴れない。
元気のないアリサを正妃さまが心配そうに見つめる。彼女は、ふっとため息をつくと「今日はここまで」と言った。彼女がアリサに語りかける。
「嫌な思いをさせて、ごめんなさいね」
正妃さまの表情が母親らしく変化する。
「いいえ。わたしこそ、ごめんなさい」
首をふって、謝罪の言葉を口にするアリサは、かなり落胆しているらしい。
はげましたい。しかし今、ぼくが割ってはいるのは礼儀に欠ける行為だった。
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