第14話 カイが側近に選ばれた理由

「落ちこまないで。もっと練習すれば、いいだけよ。そうだわ、がんばったご褒美をあげましょう!」


 正妃さまがやさしくアリサに話しかける。正妃さまもぼくと同様に、落ちこむアリサが心配なのだろう。


「ご褒美?」


 たずねかえすアリサの声色は、まだ悲しげだ。


「気晴らしに、城下町に出かける許可をだしましょう」


 そう告げると「少し前に、行きたいと言っていたでしょう?」と言い、正妃さまがほほ笑む。

 するとアリサは表情を明るくした。


「いいの?」


 たずねるアリサの目に輝きがもどる。

 アリサが立ちなおったと感じたのだろう。うなずいてほほ笑む正妃さまの顔に安堵の色が浮かんだ。


「お母さま、ありがとう!」


 アリサは明るく礼を言う。さっきまでと同じ少女とは思えない変わりぶりだ。

 それからアリサは、ハッとなにかを思いだした顔になると、正妃さまの顔色をうかがいながら「もうひとつ。許してほしいお願いがあるの」と、おずおずと言った。


「なにかしら?」


 もうひとつのお願いに全く見当がつかないらしい。正妃さまは首をかしげる。


「ついでに魔法戦闘の演習場にも行きたいの」


「演習場へ?」


 正妃さまは困惑顔でアリサにたずねかえす。


「うん。カイの精霊魔法をひさびさに見たくて。お願いしたら、王城では駄目だって言うから」


『また精霊魔法を使ってみせてよ!』


 アリサと正妃さまの会話で、ぼくは昨日のアリサの言葉を思いだす。


 ――本気だったのか。


 冗談だと思っていたぼくは、多少驚く。思わず「物好きだな」と呆れた調子でつぶやいてしまう。

 ぼくの声が聞こえたらしい。アリサはちらりとぼくを振りかえると楽しそうに笑った。


 ――よかった。普段のアリサにもどったみたいだ。


「いいでしょう。演習場の管理者には連絡しておきます」


 悩みもせずに正妃さまは快諾してくれた。


「やった! じゃあ、さっそく行きましょう!」


 天井に突きださんばかりにアリサは両腕をあげ、体全体でよろこびを表現する。


「くれぐれも気をつけて行って来るのですよ」


 アリサのはしゃぎぶりに不安を覚えたのだろう。正妃さまが釘をさす。


「はい! 行って来ます」


 しかし、正妃さまの心配はアリサには届いてないようだ。正妃さまに手を振りながら、彼女はサロンの出口へと歩きだす。

 ぼくとエスミーはアリサを追うため、正妃さまに「失礼いたします」とお辞儀をしてサロンを出ようとした。


 すると正妃さまが「カイ、少しいいかしら?」と、ぼくに声をかけた。

 ぼくは足を止める。

 エスミーも気づいて足をとめたが「カイとふたりで話があるのです。すぐに終わるわ。アリサをお願い」と正妃さまに言われ、彼女はもう一度お辞儀をするとアリサを追ってサロンを出ていった。


「カイ。あなたには申し訳ないと思っています」


 エスミーがサロンから出るのを見届けると、正妃さまがそう切りだした。

 謝罪の理由がわからず、ぼくはきょとんとしてしまう。


「本来、王女の側近は女性貴族の役職。それをあなたにお願いしてしまって」


 そう口にすると、正妃さまは眉をよせ「気を悪くしていますよね」とつづける。


 ――その件か!


「気にしていません。仕事を探していましたし、むしろ助かりました。いつまでも義父ちちのすねをかじってはいられないと思っていたので」


 ぼくは本心から正妃さまに告げる。

 すると正妃さまは「そう言ってもらえると、心苦しさがやわらぎます」と言って、ぼくにほほ笑みかけた。それから「あなたのお義父とうさまと言えば」と口にし、正妃さまは話をつづける。


「お願いしていた魔法石をアドレムがもってきてくれた際に、アリサ付きの書記官が決まらないと話したのです。そうしたら、彼があなたを勧めてくれたのです」


「はい。存じております」


 ぼくはうなずいて返事する。


「そう、聞いていましたか。あなたならアリサとは幼馴染。あの子も気を許すだろうとアドレムが言ってくれてね。甘えてしまったの」


 そこで言葉をきり、一度間をおくと「それに」と言って話をつづけた。


「実はあなたにお願いしたのは、アリサの幼馴染だからだけが理由ではないのです」


「え?」


「最近、あの子のまわりで不審なうごきがあると進言があったのです。それで念のため、腕が立つ人をアリサのそばにおきたいとも思っていたのです。あなたは精霊魔法を使え、剣のあつかいもうまいと聞いたので」


 正妃さまの思わぬ発言に、今度はぼくが眉をよせる。


「不審なうごき、ですか」


「進言をくれた者の思いすごし、だとは思います。あくまでも念のため。ほんとうに危ないと考えるなら、城下町になんて行かせないわ。とは言っても、用心はしたほうがいいでしょう?」


 僕の動揺に気づいた正妃さまが、不安をまぎらわせる言葉をくれる。


 ――正妃さまも、確信があるわけではないのか。


 ぼくは落ち着きをとりもどし「そうですね」と同意する。


 実を言うと、どうして義父さんは女性貴族の役職にぼくを推薦したのだろうと不思議に思っていた。

 しかし、念のためとはいえ護衛も兼ねてならは話は別だ。

 経緯に納得したぼくは「アリサの周辺に気をくばっておきます」と、正妃さまをまっすぐに見つめて言った。


「お願いしますね」


 正妃さまもしっかりと僕に視線を合わせ、そう言う。

 ぼくは「はい。では、失礼します」と言って一礼すると、アリサとエスミーのあとを追ってサロンを退出した。

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