第35話 脱出、ふたたびカノーバ邸へ

 さわがしくなったと気づき、イリエンシスさまは「しもうた。気づかれてしまったの」と、あたりを見まわしながら苦笑いした。しかし、余裕のある態度でふりかえると、彼女はぼくらのほうにふりむいた。


「ここはわらわにまかせて、今のうちにけ」


「で、ですが」


 ぼくはためらう。


「わらわは心配ない。王城のなかならば、わらわは最強じゃ!」


 言いきって、イリエンシスさまは不敵に笑った。


「わかりました。ありがとうございます」


 たのもしいイリエンシスさまのすがたを見て、ぼくは神である彼女にたよろうと決める。


 そんななか。座りこんだロザリーが「これって」と言いながら、なにか拾いあげた。

 しかし、人が集まってくるのを恐れたぼくは、ロザリーの腕をつかみ「急ごう!」と声をかけると彼女を立たせた。


「え、ええ」


 なぜか動揺するロザリーをせきたて、ぼくは彼女を馬車に乗せる。そうして、イリエンシスさまにあとを託したぼくらは、王城から脱出した。


 ◆


 王城からの脱出に成功した馬車は、夜の城下町を疾走する。


 客車の座席に座り、ぼくはようやく人心地ついた。胸に手をあて、ほっと息をはく。

 すると偶然、上着の内ポケットのうえに手がふれ、そこにしまっている物を思いだす。


「ロザリー。こんなときに渡すべきではないかもしれないけど、できたんだ」


 そう言い、ぼくは内ポケットから小箱をとりだす。

 ロザリーは少し驚いた顔をしたが、ぼくから小箱を受けとって中身を確認した。

 小箱のなかには、四つのとても小さな魔法石が収まっている。


「よさそうですわね。カイにしては、いいできだと思いますわ」


 ロザリーが四つの魔法石を評価する。


「ほんとうは、複数の魔法をきざもうとしたんだ。でも、安定しなくて。結局ひとつの水晶に、ひとつの魔法しかきざめなかったよ」


 ぼくは自嘲の笑みをこぼす。


「カイは魔法石をつくるのは得意ではないから。でも、ひとつではあるけど、よく安定した魔法石ですわ。いい品ね」


 言って、ロザリーはぼくにほほ笑みかけた。それから「では、あずかっておきますわね」と言い、客車に備えの商談用ジュエルボックスに小箱をしまう。


 そうこうするうちに、馬車がとまった。

 ぼくは窓から見える景色で、カノーバ邸に着いたのだと知る。


 ◆


 カノーバ邸の正門前で、ぼくらは客車の扉を開ける。そして、カノーバ家の門番に話しかけた。


「父の使いで、ファビオさまにお会いしにまいりました。ロザリー・レーンです。これは義弟おとうとのカイ。通していただけるかしら?」


 愛想よくほほ笑んで、ロザリーが門番にたのむ。

 門番は難しい顔をして「……レーン」と、くりかえした。そして間もなく、ぱっと表情を明るくする。


「ああ! アドレムさまの!」


 どうやら門番は義父とうさんを見知っていたらしい。それは当然だ。義父さんはカノーバ家の子息の家庭教師を長年やっている。今も、ファビオの弟にあたる子息を教えているはずだ。


「ええ。アドレムは父ですわ」


 ロザリーが笑みを深くして返事する。

 すると門番は大きくうなずいて「たしかに、よく似てらっしゃる。失礼いたしました。どうぞ、なかへ」と言って、正門をあけてくれた。

 門番に礼を言い、ぼくらは客車の扉をとじる。


「うまくいったわね。お父さまの人柄のよさに、感謝しなければ」


 うそをつき、緊張したのだろう。扉をとじるのと同時に、疲れた顔でロザリーがため息をついた。

 ロザリーの機転のおかげで、僕ぼくらはすんなりとカノーバ家の正門を通過できそうだ。僕ひとりなら、こうも簡単にカノーバ邸内に入れなかったにちがいない。


 ゆっくりと馬車がうごきだす。

 そして、ぼくらは正門から邸内に入ると広い庭をぬけ、屋敷の正面玄関にたどりついた。


 急いで馬車からおりると、玄関のわきに見なれたアリサの馬車がある。

 ぼくはアリサの馬車に駆けよった。


「ニコラス! アリサは?」


 御者台で休んでいるニコラスにたずねる。


「少しまえに、お屋敷にお入りになりました」


 急に声をかけられ、驚いたらしい。目をまるくして、ニコラスが答えた。


 ――来たばかりなら間にあうか?


「ありがとう!」


 ニコラスに礼を言うと、ぼくは玄関に急ぐ。

 ぼくが玄関にたつと同時だった。ぎいと重い音をたてて、木製の扉がひらいた。


「どちらさまでしょうか?」


 先日も会ったカノーバ家の執事がすがたを見せる。

 ぼくらの乗りつけた馬車の音に気づき、確認しようと出てきたようだ。


「アリサ王女の側近をしております。カイ・レーンと申します」


 ぼくはまいをただして、執事に挨拶する。


「ああ。先日もお越しになっていましたね」


 執事のほうも、ぼくを覚えていたらしい。

 ぼくは「同行する予定が、所要で遅れてしまいまして」と、困り顔で作り話を語る。


「遅ればせながら、アリサ王女のおそばに仕えたいのです」


 低姿勢で、ぼくは執事にたのんだ。


「はあ。かまいませんが」


 執事は、ぼくの言葉を不審には思わなかったらしい。しかし、ロザリーに目をむけ「そちらのお嬢さまは?」と、質問した。


「ロザリー・レーンですわ。父がいつもお世話になっております」


 ロザリーはほがらかにほほ笑み、執事にていねいに会釈した。


「父? ああ、アドレムさまのお嬢さまですか!」


 ロザリーが何者か理解したようだ。執事は表情を明るくする。


「ええ。お父様が家庭教師をしているお屋敷を拝見してみたくて、義弟おとうとに付いて来てしまいましたの。アリサさまは許してくださると思うのだけど。義弟とお邪魔しても、よろしいかしら?」


 門番を言いくるめて、味をしめたのだろう。ロザリーはまた、義父とうさんを引きあいにだして言い訳した。


「どうでしょう。私には、なんとも」


 ぼくたちを疑ってはいないが、許可をだしていいかの判断がつかないらしい。執事は考えあぐねている。


「そうですわよね。決められませんわよね。ですから、義弟おとうとにうかがいを立ててもらいます。許可がおりるまでは、アリサさまたちのいるお部屋のまえで待ちますわ。それなら、かまわないかしら?」


 困惑する執事に同調し、ロザリーが自分たちで解決する用意があるとしめす。

 すると、執事は安堵の表情をみせ「それでしたら、問題ありません」と言い、ほほ笑んだ。彼は「では、おふたりとも。どうぞ、なかへ」と口にし、ぼくらを屋敷内にみちびいた。

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