第七章 奪還
第34話 イリエンシスさまの魔法
◆
レーン家から、ロザリーは馬車で王城まで来ていた。ぼくとロザリーはその馬車で、カノーバ邸に行くと決める。ロザリーが御者を待たせているのは、王城の東門。ぼくらは東門へ急いだ。
もう日が暮れてしまっているからだろう。目的の場所に到着すると、主人を待つ御者はほとんどいなかった。
おかげで、ぼくらの目当ての御者は簡単に見つかった。
御者をせかし、ぼくらは馬車の客車に乗りこむ。
そして東門から王城の外にむかって出発しようとした。
しかし、ぼくらの乗った馬車は王城の外に出る直前、急に失速する。
急停車のはずみで、ぼくとロザリーは大きく体勢を崩した。
「なにごとですの?」
御者を問いただすのだろう。怒り顔のロザリーが客車のドアをあける。
すると突然、ロザリーの眼前に槍の切っ先が突きだされた。
「ロザリー!」
ロザリーの危険を察知し、ぼくは彼女の腰をかかえて客車のなかに引きもどす。
ロザリーは「キャッ!」と悲鳴をあげて転がり、ぼくのうえに倒れこんだ。
「レーン家のご子息とご息女ですね」
槍を手にした王城の門番の兵士は、悪びれる様子もなくそう言った。彼は開いたドアから客車のなかをのぞく。
「ええ、そうですわ! あなた、わたしたちがレーン家の人間だと知っていて槍をむけたのですか? どういうつもりですの!」
ぼくにおおいかぶさったまま憤慨し、ロザリーが兵士を捲したてる。
「申し訳ございません。ですが、おふたりを王城から出すなと、命令をうけております」
ロザリーの剣幕を気にもせず、門番は淡々と言葉をつむいだ。
無感情な物言いに、ぼくは気味の悪さを感じ、黙って門番の様子をうかがう。
「なぜですの? 先ほど、正妃さまから帰るよう言われたばかりなのですよ?」
腹をたてたロザリーは、門番にくってかかった。
「とにかく、馬車から降りていただきたい」
しかし、門番はまったく挑発にのってこず、ぼくらに要求をつきつける。
ロザリーもこの門番の異様さに気づいたらしい。先ほどまでの剣幕とはちがう、怪しんだ表情を門番にむけた。
ぼくとロザリーはしぶしぶ客車から降りる。
すると、ぼくらに話しかけてきた以外にもうひとり、べつの門番がいた。彼は、ぼくらの御者に槍をむけている。
「お、お嬢さま」
助けをもとめ、御者がロザリーを呼ぶ。
厳しい表情で門番をにらみながら「だいじょうぶですわ。おとなしくしていなさい」と言って、ロザリーは御者をなだめた。そして、
「いったい、どなたの命令ですの?」
「……」
門番はロザリーに答えない。ぼくらに槍頭をむけるのみだ。
答えを得られないと、あきらめたのだろう。ロザリーはため息をつき、うつむく。そして、ぼくにだけ聞こえる小さな声で「らちがあきませんわ」と、苦々しくつぶやいた。
途端。ロザリーは両手で自分の顔をおおうと、わっと泣きはじめた。
「なんなのです? カイ。わたくし、こわいわッ!」
涙声で言いながら、ロザリーがぼくの胸にとびこんだ。
ぼくは慌てて、泣き声をあげるロザリーを抱きよせた。
一瞬。門番はロザリーを警戒する。
しかし、女がおびえて泣きだしただけと判断したらしい。ふたたび沈黙した。
「カイ! こんな理不尽な連中なんて、精霊魔法でけちらして強行突破よッ!」
僕の腕のなかで泣きまねをしながら、ロザリーが小声で不穏な提案をする。
――そうだと思ったよ。この程度でロザリーが泣くわけがない。
「そうしたいけど、精霊魔法は目だちすぎる。彼らに仲間がいるたら、もっと面倒になる」
ロザリーを慰めるふりをしながら、ぼくも意見を口にした。
なぜ行く手をはばまれるのか、わからない。しかし、この門番たちを倒せばいいだけなんて、考えが甘い気がしたのだ。
ロザリーも賛同してくれたようだ。同意のかわりに、腕のなかの彼女が「むう」とうなり声をあげる。
「ここは
ぼくが新たな提案を口にした。
すると、ぼくのこの発言を聞くのが初めてではないロザリーは「また、それ?」と、うんざり口調で言い、言葉をつづけた。
「成功率の低い状態異常系の魔法なんて、門番には効かなくてよ。門番の耳を見てご覧なさい」
言われるがまま、ぼくは門番の顔にこっそりと視線をむける。
はたして、門番の右耳に青く光るイヤリングが見えた。
「あれはお父さまが国王さまからの依頼で制作した魔道具。魔法耐性と打撃耐性がきざまれた魔法石を使っているの。ただ強力な精霊魔法なら、力まかせに突破も可能。でも、もともと成功確率の低い睡魔の魔法なんて、たやすく跳ねのけてしまいますわよ」
ロザリーがそう主張する。
「だけど」
ロザリーに反論しようと、ぼくが口をひらきかけたときだった。
「
女性の声がし、雷鳴とともに視界がまっ白になるほど明るくなった。
まぶしくて、ぼくは思わず目を強く閉じる。
そして、つぎに目をあけたとき。ぼくらを制圧していた門番たちはふたりとも、その場に倒れていた。
「か、神解き? 神官だけが使える、
疑問の言葉を口走りながら、ぼくは倒れた門番を見る。
――魔法耐性の魔法石を身に着けているはずなのに、なぜ?
疑問に思った直後。ごろごろと頭上から音がして、ぼくは空を見あげる。そして、神解きが門番たちにダメージを与えた理由に納得した。
魔法耐性の魔法石が役に立たなかった理由。それは雷はあくまでも自然現象だからだ。
神解きは雷雲を発生させる魔法。攻撃は、あくまでも雷。魔法での攻撃には当たらないのだ。
「あ、あなたは神官見習いの……」
ロザリーがぼくとは違う場所に目をむけ、驚いた口調で言う。
ぼくも、ロザリーの視線の先を目で追った。
そこにいたのは、したり顔をしたイリエンシスさまだった。
「しびれさせただけじゃ。安心せい。神官の魔法をつかうなぞ、造作もないわ!」
余裕の笑みをみせながら、イリエンシスさまはぼくらに近づいてくる。
門番たちが魔法耐性の魔法石を持っていると知ってか知らずか、さだかではないが自分のはなった魔法の威力に満足げだ。
そのときだった。
遠くから複数の男の声がした。
鎧で走っているのかもしれない。金属のこすれあう音も聞こえ、あたりが騒がしくなる。
雷を呼ぶ魔法は精霊魔法同様、派手すぎて人目をひいたようだった。
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