第33話 アリサはどこへ?

「自分でよく考えたうえで、あなたが幸せになれると思うなら、どんな選択をしても、わたしは賛同しますと言ったのです」


 しっかりとした口調で、正妃さまは言いきった。


 ――それは結局。結婚するもしないも、アリサの自由と同義だ。


 正妃さまの見解は、子の自主性を尊重するすばらしい発言だ。

 しかし、ぼくは心のなかで頭をかかえた。なぜなら、まだアリサとファビオが結婚する可能性が残ったままだからだ。


『王女に転生したと知ったときは楽勝人生のはじまりだって、よろこんだのに』


 以前聞いたアリサの言葉を思いだす。

 正妃さまと話をして、もしも楽に生きる道が自分の幸せだとアリサが考えたなら一大事だ。


 ――やはり、はやくアリサに会って話をすべきだ! いったい、アリサはどこにいるんだ?


 気があせり、ぼくは思わずひたいに手をやる。


「アリサさま。どこにいらっしゃるのかしら?」


 ぼくと似た疑問をロザリーが口にする。

 すると「あら」と正妃さまが声をあげる。それから彼女は、おだやかな声色で「アリサならエスミーといっしょにカノーバ邸にむかいましたよ」と教えてくれた。


「ファ、ファビオのところへ?」


 驚き動揺してロザリーがたずねかえす。


「な、なぜですか?」


 わけがわからず、ぼくも正妃さまに質問した。


「ファビオともう一度しっかり話をしたいと、急にアリサが言いだしたのです」


 正妃さまがぼくの問いに答える。

 ぼくらは予想外の事実に声もでない。

 正妃さまは驚くぼくらを気にせず、話をつづける。


「今日、どうしても会いたいと言いだしてね。しかたなく、許可をだしたの」


 そう言うと、正妃様は「あの子って、思いたったら行動せずにはいられない子でしょう?」と苦笑いで補足した。


「アリサがファビオのところに?」


 正妃さまの言葉を、ぼくは呆然とくりかえす。


「さあ、あなたたち。アリサの居場所はわかったのだから、もういいでしょう。はやくお帰りなさい」


 正妃さまは母親らしい物言いで、ぼくらに帰るよううながす。そして「ではね」と口にすると、彼女はお付きたちを連れて去っていった。


「どうするのじゃ?」


 去っていく正妃さまを見送りながら、イリエンシスさまがぼくにたずねる。


「カノーバ邸に行くよ」


 ファビオの本心を知らぬアリサに、彼は危害をかわえたりしないだろう。

 しかし今夜、アリサが婚姻関係を結ぶと言ってしまう可能性もある。それは、ぜったいに阻止しなければならない。


「とつぜん訪問しても、会ってくれないのではなくて? ファビオは、あなたを嫌っているのだから」


 ロザリーが横からぼくに意見した。

 ロザリーの発言に、驚いたぼくは「そうして知ってるんだい?」と、目をまるくしてたずねた。

 ロザリーの言うとおり、ファビオはぼくを嫌っている。しかし、彼はまわりには気づかれないよう注意していた。いつも、ぼくだけが気づく程度の嫌がらせをするのだ。


 ――まさか、ロザリーが知っているなんて!


「女の勘をなめないでいただきたいですわ。見る人が見れば、わかりますわよ」


 ロザリーは鼻息荒く言うと「だから、ファビオがあなたを邸内に入れてくれるとは、わたくしには思えませんの。彼はあなたに意地悪をするのが好きなのだから!」とつづけた。


 ――ロザリーの言うとおりだ。だけど……


「それでも、このままにはしておけないよ! もしかしたらアリサは今日、ファビオとの婚姻を承諾してしまうかも。アリサを守るのは、ぼくの仕事。だから、とめなければ!」


 強い口調で、ぼくはロザリーに反論する。

 ぼくとロザリーはにらみあい、数秒の沈黙がながれた。

 沈黙をやぶったのは、ロザリーだ。彼女は「仕事、ね」とつぶやき、声をあげる。


「もう! わかりましたわ。勝手になさい!」


 ロザリーは天をあおぎ、にらみあいをさきに解いた。しかし彼女は、ぼくをにらみなおし、言う。


「そのかわり、わたくしも行きますわ!」


「ロザリーも?」


 ぼくは驚いてたずねかえす。


「ばかなまねをしないか、あなたを見張らなくては! お父さまに迷惑がかかっては困りますからね」


 ロザリーは、ぷいとぼくから顔をそむける。見ると、髪のあいだからのぞく耳が赤くそまっていた。

 ロザリーは、ぼくを心配して同行すると言っているのだ。予想外だが、うれしく感じ、ぼくはロザリーに「ありがとう。」と礼を言う。

 僕の謝辞を聞いてたロザリーの肩がぴくりと跳ねた。


の面倒をみるのは、の役目ですからね。とうぜんよ!」


 そっぽをむいたまま、ロザリーは主張する。やはり顔は見えないが、耳がさらに赤くなっていると気づいて、ぼくはロザリーが見ていないのを承知で彼女にほほ笑みかけた。


「カイ。わかっておろうが、わらわは行けぬ。気をつけて行くのじゃぞ」


 話がついたのを見計らって、ロザリーに聞こえないよう小さな声でイリエンシスさまがぼくに話しかける。

 ぼくは黙って、イリエンシスさまにうなずいてみせた。


 急いでカノーバ邸にむかわねばならない。ぼくとロザリーは、足早にアリサの自室の前をはなれた。

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