第32話 正妃さまの答え

「なんて人たち! この前はアリサさまとファビオの婚姻をいいお話だなんて言ってしまったけど、これはひどすぎるわ」


 ファビオたちが去ったあと。憤慨ふんがいしたロザリーが声を荒げた。


「本当にの。性根が腐っておるわッ!」


 イリエンシスさまも苦虫を噛みつぶした表情で、ロザリーに同調する。

 ロザリーとイリエンシスさまは、ファビオに腹をたてているらしい。

 しかし、ぼくはふたりとは少しちがっていた。


 ぼくはぼくに、一番腹をたてている。


『扱いにくいなら、屋敷の奥で幽閉でもすればいい』


 ――幽閉だなんて、ぼくは大切な人をあずける人物を見誤ったんだ! アリサにふさわしいか、もっと自分の目で確かめるべきだったんだ!


 うわべだけの印象で判断してしまった自分に、ぼくはたいへんいきどおった。

 直後。城下町でのできごとを思いだす。


 ――城下町で感じた奇妙な視線。あれは、ファビオだったのかもしれない。


 まんまとファビオたちの作戦にはまってしまったのだと気がつき、ぼくは思わず歯ぎしりする。

 そして今や、ぼくは確信していた。ファビオはアリサを幸せにするどころか、不幸にしかねない人物だと。


 ――アリサにファビオの真意を伝えなくちゃ!


『お母さまにそろそろ打ち明けないとね』


 ぼくの脳裏をアリサの言葉がよぎる。

 アリサはファビオの求婚を正妃さまに話そうとしていた。

 ファビオの求婚を正妃さまが知れば、事態が大きくなり収拾がつかなくなる可能性がある。


 ――結婚話が正妃さまの耳にはいる前に、事態を沈静化するんだ!


「今すぐアリサに会うべきだ」


「そうですわね。早く知らせましょう」


 ぼくは考えを口にする。

 ロザリーもぼくの言葉に賛同した。


「それがいい。三人でアリサに話してみるか? 証言する者が多いほうがいいはずじゃ」


 イリエンシスさまが提案する。


「ええ。神官見習いさまの言うとおりですわ。三人でアリサさまにお話しましょう!」


 こうして、ぼくらはアリサの自室を訪ねたのだった。


 ◆


 すっかり陽が落ちたなか。うす暗い王城の廊下をアリサの自室へと急ぐ。


「アリサ! ぼくだ、カイだよ。話があるんだ」


 言いながら、ぼくはアリサの自室の扉を強くノックする。

 すると、ほどなくして扉がひらいた。


「レーンさま。こんな時間にどうかなさいましたか?」


 すがたをあらわしたのはエスミーの先輩メイドだ。アリサの正装の支度の際に、ときどき見かける。


「アリサさまに、急ぎの話があるんです」


 言いながら、ぼくは先輩メイドの肩ごしに部屋のなかを見た。しかし、このメイドのほかに人がいる気配はしない。

 ぼくの言動を見聞きした先輩メイドは「アリサさまはお部屋にはいらっしゃいませんよ」と、素っ気なく応じた。


「どこにいらっしゃるの?」


 ロザリーが僕の横から口をはさむ。


「アリサさまは正妃さまと夕食をごいっしょされていると思います」


 ぼくからロザリーに視線を移し、先輩メイドが答える。


「ここで、なにをしているのですか?」


 返答があった直後だった。背後で女性の声がする。

 先輩メイドはぼくの背後に目をやり、慌てて深くお辞儀した。

 先輩メイドの様子の変化に驚き、ぼく、ロザリー、イリエンシスさまも背後をふりかえる。


「正妃さま!」


 言って、 ロザリーが慌てて会釈する。

 ぼくとイリエンシスさまも、ロザリーにならって会釈した。


「カイ、ロザリーそれに、あなたは礼拝堂の神官見習いね。もう今日の勤めの時間は終わっているでしょう? どうしてアリサの部屋に?」


 正妃さまはぼくたちに質問しながら、身ぶりで先輩メイドにさがるよう合図した。

 すると先輩メイドはもう一度ていねいにお辞儀して、アリサの部屋のなかへともどっていった。

 アリサの自室の前の廊下には、ぼく、ロザリー、イリエンシスさま、それに正妃さまと正妃さま付きのメイド数名がのこる。


「アリサさまに急ぎお話したい件があったのです。ちょうど今、アリサさまは正妃さまとごいっしょだと聞いたのですが」


 正妃さまに説明しながら、ぼくは正妃さまの背後にひかえる人たちを見た。彼らのなかにアリサのすがたを探す。しかし、アリサのすがたはなかった。

 正妃さまは「ええ。少し前まで、いっしょでしたよ」とぼくに応じ、なにかに気づいた表情をする。


「もしかして、急ぎの話とは、カノーバ家のファビオとアリサの婚姻の件ですか?」


 ――遅かった! 正妃さまに伝わってしまっている!


「お聞きおよびなのですね。おそれながら、おたずねします。正妃さまはアリサさまに、なんとお返事なさったのでしょうか?」


 心のうちで落胆しながらも、ぼくは正妃さまにアリサとの会話の内容をたずねた。

 やさしくほほ笑んで「かまいませんよ」と言い、正妃さまは話しだす。


「わたしは、あの子に『まだ結婚など考えず、子どもらしくいてくれればいい』と伝えました」


 ――正妃さまは、結婚に前むきでないのだろうか?


「では。アリサさまは、ファビオからの求婚を断るのでしょうか?」


 いい意味で予想外の正妃さまの答えに、ぼくは安堵の息をついた。

 しかし、ぼくの発言を聞いた正妃さまは、ゆっくりと首をふる。


「どうでしょう。わたしの考えを聞いても、アリサは思いつめた顔をしていましたから」


 言って、正妃さまは眉をよせ「マリー・アンだか、ネットだか。その人も十四歳で結婚したとか、ぶつぶつと言っていましたよ」と、困惑した表情で言う。


「マ、マリー? どなたかしら?」


 ロザリーも困惑顔だ。

 同意の意だろう。ロザリーの反応を見た正妃さまは、彼女にうなずいてみせ「いったい、だれかしらね?」と応じた。つづいて目をふせ、言葉をつづける。


「とにかく、わたしの思うところをアリサに告げました。でも、結婚はアリサのこれからの人生を左右する一大事です。わたしの一存で決めるべき事柄ではないでしょう。ですから」


 正妃様はそこで言葉をきる。そして、ふせていた目をあけると話を再開した。

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