第31話 ほんとうの意図

「ち、ちがうんだ! これは、なぐさめてもらっていただけで」


 ロザリーの疑念を払拭ふっしょくするべく、ぼくは弁明をこころみた。


「な、なぐさめる? ふ、不潔ですわッ!」


 ぼくの言葉を最後まで聞かず、ロザリーは顔をまっ赤にして、ぼくを糾弾きゅうだんする。


「なにか勘ちがいをしていないかい? いったい、ぼくをどんな人間だと思ってるんだ?」


 ぼくらが不毛な会話をしていると、礼拝堂の正面扉がひらいたのだろう。ギイと木がきしむ音がした。


「あははは!」


 直後。若い男性の笑い声がする。

 声と足音から複数人であろうと推察できる。

 急な来訪者に驚いて、休憩室のなかのぼくら三人は、顔を見あわせて押し黙る。


「あの変わったお姫さまは、なにも言ってこないんですか?」


 ひとしきり笑い声がつづいたあと、扉のむこうから話し声が聞こえてきた。


 ――この声。聞き覚えがある気がする。


 ぼくは思わず聞き耳をたててしまう。


「変わったお姫さま? むむっ!」


 ロザリーが話だそうとすると、すかさずイリエンシスさまが左手でロザリーの口をふさぐ。そして、彼女は顔のまえで右手の人差し指をたててみせた。どうやらイリエンシスさまは、静かにするよう言いたいらしい。

 ロザリーは口をふさがれたまま、小さくうなずいて同意の意をしめす。

 ぼくもさらに扉のむこうに意識を集中した。


 すると、べつの男の声がする。


「ああ。まだ連絡をよこさない。だが、一カ月後の茶会に招待してある。そのときには、返事を聞けるはずだ。むしろ、いまだに連絡がないのは吉兆だ。わたしの申し出を熟考しているのだろう」


 この声には、確実に聞き覚えがあった。

 いや、聞き覚えどころのさわぎではない。忘れるはずもない。これは、ここ最近ぼくを悩ませる人物であるファビオの声だ。


 ――一カ月後の茶会って、アリサが招待されている茶会だよな? ならば、変わったお姫さまって……


 思いいたった瞬間。ぼくは扉のノブに手をかける。

 それは『変わったお姫さま』がだれか、予想がついたからだ。

 それと、もうひとつ。ファビオといる人物にも見当がつき、その正体をたしかめたくなったのだ。


「カイ!」


 扉のむこうの連中に気づかれると言いたいのだろう。小声だがするどい口調で、イリエンシスさまがぼくを制する。

 もちろん理解している。黙ったまま、ぼくは大きくイリエンシスさまにうなずいてみせた。それから、音に気をつけて細く慎重に扉をあけた。


 礼拝堂にいたのは、三人の男だった。

 ひとりは身なりがよく、礼拝堂の椅子に腰かけている。

 あとのふたりは身なりのいい平民風の格好で、椅子には座らずに立っていた。

 立っている男たちは、ひとりは背が低く太っていて、もうひとりは背が高く細い男だ。

 もうだいぶが落ちていて、礼拝堂のなかは暗い。しかし、かろうじて三人の顔が確認できた。


 ――やはり! あのふたり、城下町のマーケットでさわぎをおこしていた男たちだ!


 ぼくは立っている男たちを見て、彼らが何者であるかを確信した。


 礼拝堂には、だれもいないと思っているらしい。まわりを気にする様子もなく、三人は話をつづける。


「先日は、うまくいきましたね」


 背が低く太った男がうやうやしい態度で言う。


「そうそう。あの城下町での作戦のおかげで、お姫さまを茶会にさそいやすくなりましたよね」


 つぎに発言したのは背が高く細い男だ。こちらも丁寧な口調で太った男に同調した。


「ああ。馬があばれだしたのは、予定外だったがな。お前たちには感謝しているよ」


 ひとりだけ礼拝者用の椅子に腰かけている男、ファビオがそう応じる。


「それにしても兄上の婚約者より格上の婚約者を手にいれるためとは言え、まさか奇人と名高いアリサ王女に求婚されるとは」


 そこまで一気に言い切ると、太った男は「驚きましたよ」とつづけ、笑った。


「父上と兄上はうわさを嫌って、アリサ王女を兄上の結婚相手にえらばなかった。だが許容できるのなら、アリサ王女はカノーバ家にとって理想の花嫁だ」


 言うと、ファビオは「これでぼくはカノーバ家の跡取りとして、兄上と同等。いいや、兄上より格上の跡取り候補だ!」と勝ち誇って笑った。


 そんななか、背の高い男が「でも」と暗い声で話しだす。


「王女の奇妙さを許容できればいいですが、ほんとうに手のつけられない奇人だったら、どうするおつもりですか? まともな夫婦関係がのぞめない可能性がありませんか?」


 背の高い男が心配がる。

 するとファビオは「ははは」とあざけり笑いをして答えた。


「もちろん考えてあるさ。扱いにくいなら、屋敷の奥で幽閉でもすればいい」


「幽閉なんて、だいじょうぶですかね?」


 今度は太った男がたずねる。


「問題などないさ! もともと、まわりから変わり者だと思われている姫だ。心のやまいが悪化したと言いわけすれば、だれも疑いはしないさ」


 ファビオはきっぱりと言いきった。


「なるほど! たしかに、そうですね」


 先ほどまで心配そうにしていた背の高い男が、明るい声で同意する。


「そうさ。さて、そろそろ帰るとするか」


 言うと、ファビオは椅子からさっと立ちあがった。そして、礼拝堂の正面扉へむかって歩きだす。


「はい」


「まいりましょう」


 太った男と背の高い男は口々にそう応じ、ファビオのあとにつづく。

 ほどなくして、三人の男は礼拝堂を去っていった。

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