第29話 アリサの選択

「!」


 ロザリーの質問が予想外だったのだろう。アリサは息をのむ。


「どうして、それを」


 ぼくも義姉が知っているとは思わず、言葉をつまらせた。


「カイが王城に出かけたあとよ。お父さまに会いにファビオが来ましたの。それで、ふたりが話しているのを小耳にはさんだのですわ」


 ――盗み聞きをするなんて!


 しかし、ロザリーに悪びれた様子はない。


 レーン家の女主人にもちかいロザリーには、レーン邸内にはいれない場所などないのだ。ファビオの来訪を知った彼女は、こっそりと隣室から彼らの会話に聞き耳を立てていたのだろう。


 ぼくがあきれていると、ロザリーは「それで? もちろん結婚なさるのですよね?」と、アリサにもう一度たずねる。


「ま、まだ決めかねていて」


 気圧されたアリサは一歩あとずさり、答えた。

 するとロザリーは表情をゆがめ、ぶっきらぼうに「あら」と言った。彼女はつづける。


「考えるまでもない。いいお話ですのに」


 言いながら不満顔をし、ロザリーは首をふる。そして、さらに言いたてた。


「アリサさまは、芽吹きの祝福をいまだに使えないんですわよね。あの魔法が使えなければ、王族の職務ははたせない。そんな魔法を使えないアリサさまを、有力貴族が花嫁にと言ってくださるのですよ。迷う必要なんて、ないじゃありませんの」


 ロザリーは、いっきに言いきる。


「言いすぎだ!」


 配慮のかけたロザリーの発言に、ぼくは語気を強くしてたしなめる。

 しかし、ロザリーの主張はとまらない。つぎに、彼女はぼくにむかって話しだした。


「あなただって、知っているでしょう? ほかの王族の方々は、アリサさまの歳には、あの魔法を習得してらっしゃるわ。十四歳にもなってあの魔法をつかえないのは、アリサさまだけよ!」


 話すうち、ロザリーの表情がだんだん厳しくなる。言いおわるころには、彼女はぼくをにらんでいた。


「そ、それは」


 ロザリーの迫力に気圧けおされ、ぼくは言いよどむ。


「そうね」


 ぼくが言いかえせずにいると、アリサがぼそりとつぶやいた。

 ぼくとロザリーは、ふたりしてアリサを見る。

 アリサは胸の前で両手をあわせ、視線を落としている。彼女は言う。


「ロザリーさんの言うとおりかも」


 そう言って、アリサは肩を落とした。

 アリサが心配になり、ぼくは「アリサ?」と呼びかける。

 すると、アリサはふっと顔をあげた。


「ファビオの求婚を受けいれるべきなのかもね」


 感情の読めない声色で言い、アリサは笑顔をつくる。しかし彼女の笑顔に、ぼくはぎこちなさを感じた。

 ちょうど、そのときだ。


「もどりました!」


 明るい声と快活な足音が聞こえてくる。

 直後。エスミーがアリサに走りよった。

 アリサの表情を見て、普段とちがう雰囲気を感じとったらしい。エスミーは心配そうに「どうかされたのです?」と、アリサにたずねた。


「なんでもないの」


 アリサは首をふり、力なくエスミーにほほ笑みかける。それから彼女は、ぼくとロザリーにむきなおり、言葉をつづけた。


「疲れたみたい。今日はもう自室で休みます」


 宣言したアリサは、ぼくにむかい「カイ。今日はもう終業でいいよ」と告げた。


「アリサ」


 名前を呼んでみたが、ぼくにはアリサにかける言葉が見つからない。

 困惑顔のぼくを見て、アリサは弱々しいほほ笑みをよこす。そして、ぼくに背をむけると「エスミー。行きましょう」と言い、この場を離れていった。


「は……はい、なのです」


 空気の悪さに戸惑ったのだろう。エスミーは眉をよせてアリサに返事する。つぎに、ぼくとロザリーにせわしなくお辞儀をすると、アリサのあとを追った。


 ぼくは黙って、アリサたちを見送る。その後、ロザリーの正面に立った。ぼくは言う。


「どうしてあんな言い方を?」


 怒気をあらわにし、ぼくはロザリーを非難した。

 しかし、ロザリーはぼくをこわがったりしない。


「カイ。あなた、自分の気もちをアリサさまに伝える気はないのだったわね。でしたら、現実をはっきりと突きつけてあげたほうが、アリサさまのためだと思いませんの?」


 アリサと話していたとき同様、悪びれもせずにロザリーは言いきる。


「……」


 ぼくは、またも言うべき言葉が見つからない。

 黙ったままのぼくを見て、ロザリーはため息をつくと、ぼくにやさしくほほ笑みかけた。同時に彼女は僕の頬に両手でふれ、ぼくの顔に自分の顔をよせる。

 ふりはらう気力もなく、ぼくはされるがままだ。


「以前、言ってましたわね。身分ちがいなのはわかっていると。それは、あなた自身の手でアリサさまを幸せにできないと同義でしょう? それならせめて、アリサさまが一番幸せになれる道に、強引にでも送りだしてあげるべきではなくて?」


 ロザリーはそう言って、ぼくをさとす。彼女の言葉は、ぼくが昨日から考えていたのと同種の話だった。


 ――アリサが一番幸せになる道。それはぼくのそばではありえない。アリサを傷つけかねないやり方には賛成できないけど、ロザリーの結論自体に、ぼくも反論はない。


「そうだね」


 ぼくは目をふせ、小さな声でロザリーに同意する。


 ――アリサのそばで一生、ぼくが守るなんて無理だと知っていたじゃないか。そのときがきたんだ。ただ、思ったよりかなり早かっただけ。アリサにとっては喜ばしいできごとなんだ。


 ぼくが考えをめぐらせていると、ロザリーは「そうよ。これでいいの」と、ぼくにやさしく語りかけ、ぼくの頬から両手をはなす。


 ――もうすぐ、アリサを近くで見守れなくなるんだ。


 ぼくは、ふせていた目をゆっくりひらく。そして「ロザリー」と義姉に声をかけた。それから「もう帰るのかな? それともまだ王城の用事はおわっていない?」と、彼女に質問した。


「帰ろうと思っていますけど。どうしましたの?」


 きょとんとしてロザリーは首をかしげる。

 そんなロザリーに「ひとつ、たのみをきいてくれないかい?」と、ぼくは言った。

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