第六章 出来損ない王女の決断
第28話 ぼくの選択
◆
つぎの日の午前中。
アリサとエスミーといっしょに、ぼくは王城の庭園を散策していた。
庭園にはたくさんの花々が咲きほこり、普段なら心おどる光景だ。
しかし、ぼくの心はこのうつくしい景色にもうごかない。
「い、いい天気なのです!」
空気の悪さに、たまりかねたのだろう。エスミーが話しだした。
「そうだね」
普段なら、こんな話題がないときの苦しまぎれの常套句にも、さまざまな返事を思いつく。しかし今日のぼくは、おざなりの返事しかできない。
アリサにいたっては、うなずくだけで返事すらしない。心ここにあらず。彼女は庭園の散策を楽しんでいる様子には見えなかった。
――まだ、ファビオの求婚に答えがでていないのだろうか?
アリサの心情に思いをはせ、ぼくは彼女のうしろすがたを見つめてしまう。
「アリサさま、失礼いたします」
ぼくらの背後で女性の声がした。
立ちどまり、ぼくらは声のほうにふりむく。
すると、うやうやしくお辞儀するひとりのメイドがいた。いつもアリサの支度を手伝っている、エスミーの先輩メイドのひとりだ。
「なんでしょう?」
アリサが用件をたずねる。
「正妃さまのお茶会の準備に、エスミーをお借りしたいのです。かまいませんでしょうか?」
先輩メイドがアリサにうかがいをたてる。
先輩メイドの言葉を聞いた瞬間。エスミーが『助かった!』と言わんばかりに破顔した。
「かまいません」
「ありがとうございます」
先輩メイドは礼を言い、再度お辞儀をした。そして、エスミーに「では、まいりましょう」と言い、目配せする。
するとエスミーは元気よく「はい、なのです! アリサさま、カイさま、失礼いたします!」と言い、先輩メイドのあとを追っていった。
庭園には、ぼくとアリサのふたりだけになった。
アリサは無言のまま、庭園の散策を再開する。
ぼくはアリサの背後にひかえ、彼女のあとにつきしたがう。
そのうちに大きな噴水の前にたどりつき、アリサの足がとまった。
「ねえ、カイ」
ふりかえらずに噴水を眺めながら、アリサがぼくに話しかけた。
ぼくは「なに?」と短く返事をする。
するとアリサは「わたしは、どうすべきだと思う?」と、ぼくに質問した。
ぼくが「ファビオとのこと?」とたずねかえすと、アリサは無言でうなずく。
ぼくは足元に視線を落とすと、自分なりの意見をのべるべく、口をひらいた。
「ぼくは、いい申し出だと思う」
『レーン家の身分では王女との婚姻は、まず叶わない』
話すうち、昨日の
そして、ずっと考えていたアリサが幸せになれる方法を、ぼくは話しつづけた。
――そう。これはアリサにとって、最大限に幸せな選択だ。ぼくの気もちは関係ない。今はアリサの幸せだけを考えろ。それだけを考えるなら、道は決まっている。
「アリサの立場では、国外に嫁入りもありえる。けど、カノーバ家なら、アリサの一番の味方である正妃さまの目もとどく。それに、今と大差ない不自由のない暮らしができるはずだ」
自分の感情をつとめて押し殺し、ぼくは淡々と話をしてみせた。
アリサは噴水に視線をむけたまま、静かにぼくの話を聞いていた。そして、ぼくの話がおわると、そのままの姿勢でゆっくりと口をひらく。
「わたしがファビオと結婚したら、男性の側近はいづらくなる。カイは仕事をなくすのよ。それにきっと、わたしたち、あまり会えなくなる。それでもいいの?」
思いがけないアリサの言葉に、ぼくの心はふるえた。
――ぼくを心配して、アリサは悩んでくれていたんだ!
背をむけていて表情はわからない。しかし、思いつめた調子のアリサの言葉をきいて、冷えきったぼくの心に暖かさがもどってくる。
――アリサがぼくにむける感情は、ぼくがアリサによせる感情とはちがうだろう。そうであっても、アリサがぼくの身のふり方を心配してくれているとわかった。それで十分だ!
感情の高ぶりを感じ、ぼくは思わず「会えなくていいわけないよ!」と、大声で言った。しかし、その後は感情をまたおさえ「でも、アリサの将来を考えれば、いい話だと思った」と、つとめて冷静に言葉をつむぐ。
それから背を向けていて僕の顔がアリサに見えていないのは分かっていたが、必死で笑顔を作り、僕は言葉を続けた。
「ぼくの心配はしないで。もともと、つぎの書記官が決まるまでの代役なんだから」
アリサへむけた言葉だが、ぼくは自分自身にも言いきかせる。そして「来年、また魔導騎士見習いの試験を受けるつもりだったんだ」と、思ってもいない言葉を口にした。
「わたしは」
背をむけたまま、アリサがなにか言いかけた。
「カイ! それにアリサさま! いい天気ですわね!」
先ほどエスミーが言った天気の話題とは大いにちがう。ほぼ同じ文句なのに、その口調からは本気で『天気がよくて気持ちがいい!』と言っているとわかる女性の声が、ぼくらの背後から聞こえた。すがすがしく場ちがいなほど明るい声だ。
ぼくがふりかえると、ほほ笑むロザリーがこちらに歩いてくると知れる。彼女の足どりは軽く、機嫌がいいとわかる。
ぼくが「ロザリー」と呼ぶと、アリサもむきなおり「ロザリーさん。こんにちは」と、弱々しく挨拶した。
「今日も王城で仕事かい?」
ぼくがたずねると、ロザリーは「ええ、まあ」と曖昧に返事して「それより」と口にして、アリサの前に進みでる。
「アリサさま、ファビオに求婚されたそうですわね。もう返事をされましたの?」
目を輝かせ、ロザリーがアリサに質問した。
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