第26話 ファビオの申し出

 アリサとファビオが席につくと、メイドが茶と菓子をファビオとアリサの前に給仕する。


 ファビオにうながされ、アリサは茶と菓子に手をつけた。

 しばらくのあいだ、ふたりはお茶を楽しみながら歓談した。

 ただ歓談と言っても、主にファビオが話しているだけだ。アリサは質問されれば当たり障りのない返答をして、作り笑いをうかべている。

 ぼくとエスミーは、アリサとファビオのやりとりをアリサの背後にひかえて静かに聞くのみだ。


「ところで、アリサさま。芽吹きの祝福は、習得できましたか? 以前、苦労されていると小耳にはさんだのですが」


 茶と菓子をほぼ食べおわったときだった。ファビオが唐突に質問した。

 ファビオの言葉に、アリサは肩をびくりと跳ねさせる。

 ぼくとエスミーも、こわばらせた顔を見あわせた。


「い、いいえ。まだです」


 アリサはうつむき、消えいりそうな声でファビオに応じる。


「そうですか。それは、お困りでしょうね。王族の証となる魔法ですから」


 ファビオが憐みの自然をアリサにむける。


「……」


 下をむいたまま、アリサは言葉を発しない。

 いたたまれない沈黙が応接室にみちる。


 数秒のち。ファビオが「ところで」と言って、沈黙をやぶった。


「芽吹きの祝福がつかえなくても、王族としての務めがはたせると言ったら、アリサさまはどうしますか?」


「え?」


 ファビオの発言に驚いたのだろう。アリサがすばやく顔をあげる。


「か、可能でしょうか?」


 驚きと希望のいりまじった表情で、アリサがたずねた。


 ――アリサの疑問ももっともだ。


 王族は国のさまざまな行事の際に、芽吹きの祝福を使う。それは、自分たちが王族の血統であると、統治の正当性を示すためだ。

 よって、芽吹きの祝福がつかえなければ、王の名代みょうだいとして国の行事に参加すらできない。つまりは、王族の役目がはたせないも同義なのだ。


 ――であるのに、芽吹きの祝福をつかえなくても、王族のつとめをはたせるなんて、どうするつもりだろう?


 疑問に感じながら、ぼくはファビオの言葉のつづきを待つ。

 ファビオは言う。


「婚姻ですよ。わたしとアリサさまが婚姻をむすべばいいのです」


 簡単と言わんばかりの軽い調子で口にし、ファビオはアリサに親しみのこもった笑顔をむけた。

 

「こ、婚姻?」


 目をまるくして、アリサがファビオの言葉をくりかえす。

 思いもよらぬファビオの発言に、ぼくとエスミーも唖然とした。


「そうです。わがカノーバ家は、この王国でも屈指の名門。王家の方々もわが家との強いつながりを保っておきたいはずです」


「でも。カノーバ家には、マリオラお姉さまが」


 アリサが反論しようとする。

 しかし、ファビオは一笑いっしょうにふすと、アリサの言葉をさえぎって話しをつづけた。


「ええ。第五王女が兄に嫁ぐ予定です。だからと言って、わたしとアリサさまが結婚できない理由にはなりません。王女ふたりと婚姻関係を結べば、わが家はこの国の貴族のなかで今より高い地位を手にできます。もちろん、近親者として今まで以上に王家に尽くします。悪い話ではないと思うのです」


 自分とアリサが婚姻を結ぶ利点を、ファビオはよどみなく列挙れっきょする。


「は、はあ」


 ファビオの言葉が届いているのか、いないのか。ほうけた様子でアリサは生返事をした。

 心ここにあらずなアリサにれもせず、ファビオは優しい笑顔をアリサにむけつづける。


「今すぐに返事がほしいとは言いません。少し考えてみて、いただけませんか?」


 ファビオがアリサに検討をうながす。

 考えがまとまらないらしく、アリサは黙りこむばかりだ。

 アリサの態度をしり目に「それに」と口にし、ファビオはさらに話つづけた。


「結婚してださるなら、わたしはありささまに表舞台に立つよう強要するつもりはありません。もちろん、芽吹きの祝福がつかえなくてもかまわない。わたしはアリサさまをわずらわせる全てから、アリサさまを守る盾になります。アリサさまが平穏な日々をすごせるよう、尽力するとお誓いしましょう」


 長々とファビオが口説き文句をならびたてる。


「平穏な日々」


 アリサがようやく、ファビオの言葉に反応を見せた。しかし、テーブルに視線を落としてしまう。

 反応を探りたいのだろう。ファビオがアリサを注視する。そして彼は一度目をふせると、窓のそとに視線をやった。


「さて。そろそろ日も陰ってまいりましたね。今日は散会といたしますか」


 ファビオは気さくにそう言うと、優雅に席を立つ。

 テーブルに視線を落としたままのアリサは、まだなにか考えているようだ。

 アリサが迷っていると感じ、ぼくの胸はちくりと痛む。

 しかし、胸の痛みに気づかないふりをし、ぼくはアリサの肩に手をおいた。そして「アリサ王女」と平静をよそおって声をかけ、彼女に席を立つよううながす。


 ◆


「いい返事をいただけると信じております。それではお気をつけて」


 馬車の客車に乗りこむアリサにそう言い、ファビオは深々とお辞儀をする。

 かたい表情のアリサがファビオに会釈で応じたのち、ぼくらは帰路についた。


 帰りの馬車のなか。

 押し黙ったアリサは、ずっと窓のそとを眺めていた。

 いつもとちがうアリサを、ぼくとエスミーは黙って見守るしかできなかった。

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