第24話 招待状がきた!

「アリサさまに、お茶のお誘いの招待状なのですッ!」


 いつになく真剣な表情と声でエスミーがつげる。


「わ、わたしに?」


 エスミーの言葉に、アリサも驚いた様子で青ざめた。

 エスミーは「はい、なのです!」とアリサにうなずきで応じる。

 思いもよらぬ話に、ぼくも声もでない。


「どうして、そんなに焦ってらっしゃるの? お茶のお誘いなんて、日常茶飯事でしょう?」


 騒然とするぼくらを見て、ロザリーが不審がった。


「アリサさまにかぎっては、ちがうのです!」


 勢いよくロザリーをふりかえったエスミーが、興奮ぎみにロザリーの言葉を否定する。


「な、なぜですの?」


 エスミーの迫力に、ロザリーは思わずたじろいだ。


「アリサさまは、変人奇人と陰口をたたかれるお方。しかも、なじみのない相手の前では人見知り。そのせいで、陰口にますます拍車がかかっているのです」


 アリサの現状をいっきに言いきり、エスミーはつづける。


「おさなじみのカイさま以外に、お茶につきあってくれる人も、お茶に呼んでくれる人もいないのです」


 重々しく断言し、エスミーは説明をおえた。


「だ、だいぶこじらせてらっしゃるのね。側近が見つからないのにも、なっとくですわ」


 状況がわかり、不憫に感じたのだろう。ロザリーはアリサを見て目を細める。

 ロザリーの視線の意味をさっしたアリサは「やめて! そんな目で見ないで!」と言って、ぼくのうしろに隠れた。

 ぼくは背後にアリサをかばいながら、どんどん収集がつかなくなっていくのを感じた。話の方向をもどすべく、ぼくはエスミーに質問をする。


「それで、アリサさまを誘おうっていうのは、どこのどなただい?」


「ファビオ・カノーバさまなのです!」


『お茶にお誘いしてもいいでしょうか?』


 エスミーが答えた瞬間。ぼくは昨日のファビオの言葉を思いだした。


 ――昨日の誘いは社交辞令かと思ったが、本心からだったのか。


「なんてお返事するのです?」


「うう。知らない人とお茶なんて、行きたくない」


 僕の背中から少しだけ顔をだし、アリサは泣き言を言う。


「でも昨日、手助けしてくださった方なのです。お断りするのは、失礼かもなのです」


 道理にかなったエスミーの発言に、反論できないアリサは「むむむ」とうなった。


「手助けって、なにをですの?」


 アリサとファビオの関わりを知らぬロザリーが、ぼくにたずねる。


 ぼくは昨日のできごとをロザリーに話した。

 すると、ロザリーが強い口調で主張する。


「それは行くべきですわ! お礼を言いにうかがうべきですわよ、人として!」


「ひ、人として?」


 ふるえる声でロザリーの言葉を繰りかえし、アリサはぼくの上着を強く握りこむ。


「それにけれど、カノーバ家はこの国で一二を争う有力貴族ですのよ。王族とはいえ、よほどの理由がないかぎりはカノーバ家からの誘いを断らないほうがいいと思いますわ」


 ロザリーはファビオに関する部分をやけに強調した。そして、彼女は「カイもそう思うでしょう?」と、ぼくに同意をもとめる。

 ロザリーに答えようと、ぼくは口をひらきかける。


「ロザリー?」


 ぼくが話しだそうとしたときだ。聞きなじみのある男性の声がした。

 ぼくとロザリーは声のするほうを見、同時に声をあげた。


「お父さま」


義父とうさん」


 ロザリーの名を呼んだ声の主は、アドレム・レーン。ぼくの義父だった。


「ロザリー。正妃さまへの届け物はもう、お渡ししたかい?」


 ほがらかにほほ笑み、義父とうさんはやさしく問いかける。

 義父さんにたずねられ、目を見ひらいたロザリーは手にもつ包みに目をおとす。


「そうでしたわ! わたし、届け物の途中でした!」


「そそっかしいだね。ぼくも正妃さまに用事ができたんだ。いっしょに行こうか?」


 ロザリーの慌てぶりを面白く感じたのだろう。くすくすと笑いながら、義父さんがロザリーに提案した。


「ええ。ぜひ!」


 義父さんの申し出を快諾すると、ロザリーは幸せそうにほほ笑んだ。


「ファザコンだわ」


 ぼくの背に隠れたままのアリサが、ぼくの知らない単語をつぶやく。


 ――今の言葉もメモしなければ。


 考えをめぐらせていると、義父さんがぼくの目のまえで身をかがめた。そして、口をひらく。


「アリサさま。このたびはカイを側近にしてくださり、ありがとうございます」


 アリサに目線を合わせ、義父さんはていねいに謝辞をのべる。


「いいえ、アドレムおじさま。こ、こちらこそ」


 恥ずかしがっているらしい。ぼくの背後のアリサが緊張した声色で返事した。


 ――アリサはそろそろ、ぼくの背後からでてくるべきでは?


 あきれ顔で背後のアリサを見ようとしたときだ。義父さんがかがめていた身をおこし、ぼくを見た。


「カイ、しっかり務めるのだよ」


 義父さんがぼくにも言葉をくれる。

 父さんの声色には、やさしさはもちろん、信頼もこもっているとぼくは感じた。誇らしい気もちがぼくの心にわきあがる。


「お任せください!」


 姿勢をただし、ぼくは義父さんに返事した。

 すると、義父さんは満足そうに微笑んで「では、また夜に屋敷でね。アリサさま、失礼いたします」と言い、正妃さまのサロンへと歩きだした。


「失礼しますわ」


 アリサに会釈すると、ロザリーも義父さんのあとにつづいた。


「カイのお義父上。ニコラスさまほどではないが、なかなかの男ぶりじゃの」


 イリエンシスさまは義父さんの後ろ姿を目で追いながら、ため息まじりに口にする。

 するとアリサが「あいかわらず、こっちは枯れ専」と、ぼそりと言った。

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