第7話 異世界転生者

「アリサの前世の知識がかんたんに手に入るとは、ぼくも期待してないよ。そもそも、きみのふいの発言をいつでも記録できるよう、ぼくが書記官として雇われているんだし」


 アリサにそう応じ、ぼくは彼女の言葉を記録し終えると、ペンをおく。そして、おもむろに立ちあがると、アリサとイリエンシスさまのカップに花茶をたした。

 するとアリサは、ぼくを目で追いながら「そっか」と、安堵の表情をみせる。


 アリサは、たまに前世の記憶と現世の記憶がまじった話をする。

 よく前世の知識といっしょに『テレビ』と口にするので、アリサの知識はテレビによるところが多いようだ。

 本人はどちらが前世でどちらが現世の話かわからなくなるらしく、自分で判断がつかない場合が多い。

 そのため、アリサ専属の書記官が彼女の言葉から前世の記憶と思われる部分を精査し、書面に記録するのだ。


「アリサも面白かったが、あの時のカイもなかなかじゃったの。わらわが神だと言ったときの、あの疑わし気な目。今でも覚えておるぞ」


 花茶をたしたばかりのカップを手にとると、イリエンシスさまが話を三人がであった日にもどす。


「だれかがなんらかの魔法で、それらしく振るまっているだけかもしれませんからね」


 ぼくは冷静に応じる。

  すると、イリエンシスさまは苦笑いして「神だとおぬしに信じさせるのは難儀したのお」と口にし、目を閉じた。そして、疲れたため息をつく。どうやら、当時のやりとりを思いだしたようだ。


「とはいえ、それもそうよの。この国では異世界転生者に関する知識がすたれておるのだから」


 自分に言い聞かせ、イリエンシスさまは閉じていた目をひらくと、花茶に口をつけた。

 イリエンシスさまの言葉の意味がわからず、ぼくとアリサは顔を見合わせる。


「昔はこの国の人々も異世界転生者の存在を知っていて、異世界転生者を幸運をもたらす者と崇めておったのじゃがな」


 イリエンシスさまが言葉をたす。


「この国では? だったら、異世界転生者がこの世界にいると、ほかの国の人なら知っているの?」


「可能性はあるじゃろうの。ただ、わらわはこの国の外には明るくなくての。実際はどうかは、わらわにも分からんのじゃ」


 イリエンシスさまは淡々とアリサに答える。


 イリエンシスさまは神さまなのに、自分の守備範囲外の情報にうとい。知ろうと思えば知れるはずだが、永久ともいえる長い時間を過ごしてきた彼女には、たわいもない話題のひとつにすぎないのだろう。


「ふうん」


 これ以上新しい情報はないと感じたらしい。アリサの興味はこの話題から目の前の花茶に移ったようだ。カップを手にし、香りを楽しむと、花茶をいっきに飲みほした。王族としての淑やかさは感じられない飲み方だ。


 アリサは花茶のカップをテーブルに置くと、ふうと満足そうに息をつく。そして視線をカップからぼくにむけた。


「それにしても、まさかカイがわたしの書記官になるなんて驚いたわ。この仕事、本来なら女性貴族の仕事よ。カイは精霊魔法が使えるし、魔導騎士見習いにでもなると思ってた」


 アリサがそう言って、話題をかえる。

 イリエンシスさまは「魔導騎士見習いとな?」と言いながら、ぼくを見た。

 ありがたくない話題に、ぼくは苦笑いするしかない。


「なりたいとは思ってたよ。でも、試験には落ちてしまったんだ」


 ぼくは居心地悪く感じながらも事実を話す。


「カイが落ちるなんて信じられない。カイの精霊魔法、すごいのに! ねえ、また精霊魔法を使ってみせてよ!」


 アリサがぼくにねだる。


「ぼくは、精霊魔法より睡魔の魔法のほうが好きだな」


 ぼくの発言にアリサは興味いと言いたげに首をふる。そして「カイはいつもそう言うよね。でも睡魔の魔法なんて地味だし、わたしでも使えるわ。もっと派手なのが見たいの!」とゆずらない。


「とにかく王城では無理だよ。迷惑になる。それに、ぼくがアリサの書記官になったのは試験に落ちただけじゃなく、アリサが原因でもあるんだからね」


 そうなのだ。男のぼくがアリサの書記官になった経緯には、まっとうな事情がある。


「わたしが原因?」


 心当たりがないらしい。アリサは首をかしげる。

 ぼくが思っている以上に、アリサは自分をわかっていない。ぼくは小さく咳払いをすると、ぼくが彼女の専属書記官になった理由を説明した。


「前任者のザントビュー婦人が懐妊されて書記官の職を辞すと決まったとき、後任を選ぶために何人も面接したんだよね? でも面接に応募してきた人たちをみんな、アリサが「気にいらない」と言って採用させなかったって、聞いてるよ」


 ぼくの言葉に心当たりがあったようだ。アリサはバツの悪そうな表情をした。

 ぼくは説明をつづける。


「そのうち、とうとう女性の候補者がいなくなったんだ。それで、幼なじみのぼくに『女性の書記官が見つかるまで、臨時で王女専属書記官をやってほしい』と話がきたんだよ。義父とうさんづてに正妃様からね」


 話し終えたぼくは「分かってもらえた?」と、アリサの目を見つめて質問した。

 小さく「むぐぐ」とうめき、アリサは口をひらく。


「だって、わたしの話を本気にしてない人ばっかりなんだもん! そんな人と一日じゅういっしょにいるなんて、考えただけで悪夢だわ!」


 アリサが子供っぽく反論する。

 むきになるアリサが可愛らしくも可笑しくて、ぼくとイリエンシスさまは思わず笑ってしまった。

 そのときだ。

 休憩室の扉の向こうから、ギギギと木のきしむ音が聞こえてきた。


 ――だれかが礼拝堂の扉を開けたみたいだな。


 僕が考えた直後。聞きなれた声が礼拝堂内にこだました。


「カイ! ここに居るのですわよね?」


 聞こえてきたのは、義姉あねのロザリーの声だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る