第5話 少女の話、そして降臨
「どんな話をして、笑われたの?」
より質問を深めると、ぼくをにらんで少女は黙りこんだ。
ぼくはまた、少女に警戒されたらしい。
「ぜったい笑わないし、だれにも言わないって約束する」
少女の警戒心をときたくて、ぼくは真剣な表情と口調で請け合う。
正直なところ、少女がなぜ笑われたのかには、大した興味はない。
しかし、ぼくは少女の話を聞くと決めた。なぜなら、ぼくは少女の笑った顔が見てみたくなったのだ。泣き顔ですら
少女の笑顔を見るためには、彼女に機嫌を治してもらう必要がある。
そう考えての言動だった。
よって、ぼくは少女の話を拝聴する気になったのだ。
――ぼくとおなじ年頃みたいだし、泣いてはいたけど大した話じゃないよね?
自分の願望を叶えようと、ぼくは軽い気持ちで少女が話しだすのを待つ。
迷っているのだろう。少女は目を泳がせる。そして少しの間のあと、ぼくに視線をよこすと彼女はぽつぽつと話しだした。
「わたし、二十八歳の女の人だったの」
「え?」
少女の言葉の意味がわからず、ぼくは素っ頓狂な声をあげる。
――どう見ても七、八歳の少女が二十八歳? しかも『だった』とは?
「わたしには、ここではない世界で二十八歳まで女性として生きた記憶があるの」
ぼくが話を理解できていないと気づいたらしい。少女は言い方を変えた。
ひたむきに言葉をつむぐ少女を可愛らしく感じて、ぼくの心臓は不覚にもドクンとはねた。
「……」
動揺もあいまって返事ができず、ぼくは黙りこむ。
押し黙るぼくに、話し終わった少女は真剣な眼差しをむけた。しかし、ぼくが返事をできずにいるのを見て、彼女は自嘲気味にほほ笑んだ。
「カイも、わたしを変な子だと思った?」
そう言う少女はほほ笑んでいるが、悲し
「ぼくは……」
――正直、きみが何を言っているのか理解できない。きみの笑顔が見てみたいだけ。だから、きみを笑顔にするために『変なんかじゃない』と慰める用意はある。たぶん、それが正解だ。だけど……
「きみは真実を言っていると思う」
「し、信じてくれるの? どうして?」
ぼくの答えが意外だったらしく、少女は驚いてたずねかえす。
「嘘をつく子には、見えないから」
ひたむきに話す少女のすがたを思いだしながら、ぼくはきっぱりと言いきった。
先程の少女が話をするすがた。それは嘘をつく人にできる態度とは、ぼくには思えなかったのだ。
よって、ぼくが少女に告げた言葉は、
「あ、ありがとう」
礼を言う少女の目に涙があふれる。指で目尻を
「前世の話を聞いて笑ったり、困惑したりせずに信じてくれたのは、カイが初めて!」
言って、少女はにこりとほほ笑む。
それはぼくが見たいと思っていたとおりの笑顔だった。笑顔の少女は悲しげな顔をしていた先刻より数段可愛らしく、うつくしかった。
――でも、前世って?
少女の言った『前世』に、ぼくは引っかかりを覚える。
『前世がどうとか、おかしな事ばかり口走って』
大広間でのカノーバ卿の発言が頭をよぎる。
――もしかして、目の前にいるこの
僕の思考は、すぐさまその推論にたどりついた。
――この考えが正しいなら、こんな風に気軽に話せる相手じゃない!
僕は一気にパニックになった。
しかし、知る由もない少女は、さらに言葉をつづける。
「前世の記憶が邪魔をして、今の生活になかなか馴染めなくて。それに、だれも私の話を信じてくれなくて……」
少女の言葉はそこで途切れる。かわりに彼女の目からぽろぽろと涙があふれだした。
パニックを起こしかけていたぼくは、少女の言葉と涙でふいに我にかえる。
『今の生活になかなか馴染めなくて』
その心境には、僕も共感できた。
だから時折、無性に孤独を感じる瞬間がぼくにもあるのだ。
――彼女とぼくは、似た者同士なのかもしれない。
そう感じた僕は、思わず今より少女との距離を詰め、彼女の頭に手をおいた。
「辛かったね」
ぼくは少女の頭をやさしくなでながら、そう声をかける。
すると少女は水色の瞳の目を急激に潤ませて、くしゃりと表情を崩した。
「わぁぁぁぁぁあぁぁあぁあぁぁん!」
少女は声をあげて泣きじゃくりはじめる。
笑顔が見たかったのに、出会った時よりも激しく泣かれてしまった。
僕はこれ以上慰める方法が思いつかず、おろおろするばかりだ。
そのときだった。
「アリサ、あまり泣くでない」
突然、ぼくと少女以外の声がした。
ぼくは驚き、
――だれもいない?
声のした方向にあるのは、イリエンシス像だけだ。
そう認識した直後、じわりと像が輝きだした。
輝きはどんどんと増し、見る間に像はリアリティのある女性のすがたに変貌した。
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