第3話 アドレムの生徒
「やあ、ファビオ」
カノーバ卿を見送り終わった
するとファビオと呼ばれた少年は「アドレム先生もいらしてたんですね」と、表情をゆるめた。
――先生。
ファビオの言葉で彼が義父さんの生徒の一人だと、ぼくは予想がつく。
義父さんは古い魔法書への造詣が深い。よって魔法学にも明るい彼は、貴族でありながら貴族階級の子弟たちに魔法学を教えている。
義父さんは家庭教師として生徒の屋敷に出向くため、ぼくは義父さんの生徒に会う機会が今までなかった。
しかし、ぼくが知るかぎり、義父さんが『先生』と呼ばれる理由はほかにないだろう。
そう推測して出した答えだった。
義父さんの生徒に興味がわき、僕はファビオを注視する。
すると、ぼくの視線に気づいたらしいファビオがこちらを見た。
「ぼくの息子のカイだよ」
ファビオの視線の先にぼくがいると気づいた義父さんが、ファビオにぼくを紹介する。
「ファビオ・カノーバです。よろしく」
義父さんの言葉を合図に、ファビオは僕の前に歩みよると、手をさしだす。
ファビオの行動にあわせ、ぼくも慌てて手をさしだし、彼と握手をしながら「カイ・レーンです。こちらこそ、よろしく」と挨拶した。
挨拶を終えた僕は握手した手をはなそうとする。
しかし、ファビオは僕の手をはなさず、自然な動作でぼくの耳もとに顔を近づけた。そして、小さな声で思いもよらぬ言葉をぼくによこす。
「父親が誰かもわからない奴が、アドレム先生の
ささやき声だが厳しい口調で言ったファビオは、ぼくから体をはなしつつ睨んできた。
突然のファビオのふるまいに、ぼくは言葉もでない。
「これから度々こういう場で会うと思うから、よろしくたのむよ」
ぼくたちのやり取りには気づかない義父さんは、おだやかな調子でファビオにたのむ。
ファビオは「はい。もちろん!」と、にこやかに義父さんにほほ笑みかえす。たった今、ぼくに意地の悪い言葉をあびせた人物とは思えない、さわやかな笑顔だった。
「では、ぼくはこれで」
つづけて暇乞いをしたファビオは、義父さんに丁寧に一礼する。そして、ぼくらのそばを立ち去った。
『父親が誰かもわからない』
聞いたばかりの言葉が、耳からはなれない。
それはファビオの言った事が事実だからに他ならない。
ぼくの産みの母は、子供の父親が誰であるかを誰にも打ち明けないまま、ぼくを産んですぐに亡くなったそうだ。
ぼく、義父さん、それにロザリーは、ぼくの父親がわからない事実をタブー視しているわけではない。しかし、義父さんもロザリーも取り立てて話したりしない。
よって普段は、出自を考える機会はほとんどなかった。
それを思いがけず、見ず知らずの少年の口から聞かされ、ぼくは動揺したのだ。
――義父さんがファビオに話したのだろうか?
それも考えにくい。
義父さんは、生徒であろうとも家庭の内情を他人に軽々しく話す人間ではない。
――では、どうして?
そこまで思考して、ふいに思い至ったぼくは、おもむろに自分のまわりをぐるりと見まわす。すると数人の貴族がぼくを見ながら、こそこそと小声で会話をしている。
――やはり。
その後、ぼくはまわりの人々に注意をはらいながら、義父さんに連れられて挨拶まわりをした。
そして、自分が注目を集める存在だと確信した。
しかもそのほとんどが好意的ではなく好奇の目であるとも気づいた。
「どうかしたの? 難しい顔をしててよ」
ロザリーが異変に気づき、ぼくの顔をのぞきこむ。
「みんな、ぼくを見ていない?」
「そうね。まあ、仕方がないわ」
あっさりとロザリーはぼくの推察を肯定する。
ぼくはロザリーの予想外の態度に驚いて、目をまるくした。
「カイはミランダ伯母様の息子。お父様が連れている男の子とくれば、気づく人は多いと思うわ」
そう言葉をつづけたロザリーは「伯母さまは国一番の精霊魔法の使い手でらした。有名人だったのでしょう」と何気ない調子で言う。一度言葉をきった彼女は「わたくしも舞踏会に参加しはじめて気づいたわ」と言葉をたし、さらにつづける。
「そんな有名人だった伯母さまの息子であるカイに、みんな興味があるのでしょう」
産みの母親が優秀な精霊魔法の使い手だとは知っていた。しかし、息子のぼくまで注目を集めてしまうほどとは予想外だった。
――ならば、もしかして……
有名人だった産みの母が父無し子を産んだ話も、周知の事実なのかもしれない。そう考えた瞬間、ぼくの脳裏に先程のファビオの声が再度よみがえる。
『父親が誰かもわからない奴が、アドレム先生の
――これはファビオだけではなく、ここにいる全ての人の考えではないだろうか?
途端。この場が自分への悪意に溢れている気がして、ぼくは吐き気をもよおした。
「ごめん。なんだか気分が悪い。ちょっと外に出てくるよ」
そうロザリーに断ると、ぼくは大広間と
ロザリーがなにか不平を言っていたが、ぼくに応じる余裕はなかった。
◆
おぼつかない足どりで、ぼくは夜のテラスに立つ。
すると目の前に噴水のある庭園が広がっていた。
冷たい夜風が僕の顔をなでる。テラスには人気はなく、もう誰の視線も感じない。
緊張がとけ、吐き気も治まった。
しかし、まだ大広間の喧騒は聞こえている。
――やかましい!
また嫌な気持ちがぶりかえしそうになった。喧騒から逃れるため、ぼくは庭園へ足を踏みいれた。
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