第一章 ぼくらの出会い
第2話 義父と義姉と僕と
七年前のある日。
幼いぼくは、初めての舞踏会に出席するべく王城をおとずれていた。
「カイ。緊張するだろうけど、子供らしくニコニコしていれば大丈夫だよ」
舞踏会の催される大広間までの道すがら、ぼくの隣を歩く
義父さんは金髪で精悍な顔立ちをした壮年の紳士。ぼくの実の叔父でもある。名前はアドレムだ。
「はい。
ぼくは義父さんにこくりと頷いてみせる。
「お父様。カイは、わたくしに任せてくださいな」
ぼくと義父さんのうしろを歩く少女が、義父さんと同じ金色の髪の毛をふわりとゆらし、そう請けあった。やはり義父さんに似た紫がかった青い彼女の瞳には、発言への自信がみてとれる。
少女はロザリー。ひとつ年上のぼくの
「たのもしいね。たよりにしているよ」
義父さんはやさしくロザリーに笑いかける。
義父さんの言葉によろこんだのだろう。頬を紅潮させ、ロザリーは「おまかせください」と大きく頷いた。
「ありがとう」
ぼくが礼を言うと、ロザリーは「お礼なんて必要なくてよ。わたくしはあなたの
ぼくとロザリーのやりとりを見ていた義父さんも「そうだよ、カイ。ぼくらは家族なのだから」と、ほほ笑みを深くする。
義父さんは、ぼくの亡くなった母の腹ちがいの弟だ。
母親のちがう姉の息子であるぼくに、義父さんも義父さんの実の娘のロザリーも、本当の家族として接してくれている。ぼくは二人に、子どもながらにとても感謝していた。
◆
舞踏会の会場である王城の大広間に到着すると、そこはたいへん華やかな空間だった。
うつくしく着飾った貴族の男女が音楽にあわせて踊ったり、豪華な食事を楽しみながら談笑している。
「すごい」
想像以上のきらびやかな光景に圧倒され、ぼくは思わず感嘆した。
するとロザリーがこっそりとぼくを小突く。小さな声で「口を閉じて、品良くほほ笑んでらっしゃい」と、彼女は母親じみた口調でぼくを
ロザリーの助言にしたがって、ぼくは慌てて表情をひきしめる。
「アドレム、きみも来ていたのか」
ぼくの背後で義父さんの名前を呼ぶ声がした。
ふりかえると、白髪まじりの赤毛の男性がぼくらにむかって近づいて来るのが見えた。
恰幅がよく特別身なりのいい中年男性だ。
「カノーバ卿」
赤毛の男性を見るなり、義父さんが彼をそう呼んだ。
ロザリーがカノーバ卿と呼ばれた男性にむかい、うやうやしくお辞儀する。
カノーバ卿は愛想よく義父さんに手をあげてみせ、さらに近づいてくる。そして、ぼくを見ると「その子は?」とつぶやいた。
「息子のカイです」
義父さんの言葉を合図に、ぼくはかしこまってお辞儀をし「初めまして」と、あいさつする。
「ああ、きみの養子か。会うのは初めてだね」
なっとく顔で頷きながら、カノーバ卿は品定めでもする目でぼくを再度見た。
「ええ。今日はカイにとって初めての舞踏会なのです」
義父さんが丁寧な調子で応じると、カノーバ卿は「そうか、初めての舞踏会か。楽しい経験になるといいね」と、ぼくにほほ笑みかける。
ぼくは「はい」と返事をし、またお辞儀した。
直後、カノーバ卿はふいになにかを思いだした顔つきになる。そして「初めての舞踏会といえば……」と言って言葉をにごすと、視線を義父さんにむけた。
「アリサさまも今日の舞踏会で初お目見えだそうだよ」
「第七王女殿下が?」
義父さんが驚きをふくんだ声でカノーバ卿に応じる。
「ああ。アドレムもうわさを聞いているだろう? 変わり者の第七王女だよ」
意地悪く笑って言うと、カノーバ卿は
「七歳。そんな物心が付くか付かないかの子どもを変わり者だなんて……」
義父さんはやや眉をひそめ、やんわりとカノーバ卿をたしなめる。
しかし、カノーバ卿には義父さんの言動を気にする様子はない。彼は話をつづける。
「息子の婚約者にと考えてアリサ王女の
そこまで話し終えると、一呼吸つき「正妃が産んだ王女だから血筋は申し分ないのだが」と、カノーバ卿は残念がった。
義父さんは眉をよせたまま「はあ」と曖昧に返事する。
僕はどんな態度をとるべきか迷って、ロザリーに目をやる。
ロザリーは控えめに微笑んでいる。その表情からロザリーの心中は
しかし、ぼくもこの場をやり過ごすためにロザリーにならって、カノーバ卿にあいまいにほほ笑んでみせた。
そのときだ。
「父上。兄上が第三王妃さまの所へご挨拶にうかがうそうです」
そう言いながら、ぼくらのそばに一人の無表情の少年が近づいてきた。ぼくと変わらない年頃の赤毛の少年だ。
「そうか」
カノーバ卿は少年のほうを見もせずに応じると、義父さんに「アドレム。では、またあとで」と告げ、少年が来た方向へ歩き去る。
「はい。また」
義父さんはそう応じると、背をむけて歩き去って行くカノーバ卿に丁寧に一礼した。
カノーバ卿がファビオと呼ばれた少年のかたわらをとおりすぎる。その際も、カノーバ卿は少年に目もくれない。
少年のほうも横目でそんなカノーバ卿のすがたをちらと見ただけで、彼のあとを追う素振りをみせなかった。
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