異世界転生したと言い張る王女の専属書記官は落ちこぼれ?〜睡魔の魔法と人脈はチート並みに最強!無双っぽいのに何度も大ピンチに見舞われる〜
babibu
出来損ない王女に舞いこんだ良縁
プロローグ
第1話 王女様と女神様と僕と
「ピンポンダッシュ、ですか?」
聞きなじみのない言葉に当惑し、ぼくは記録用紙に走らせていたペンをとめた。
「そう! ピンポンダッシュなんて大人の女性がやるわけないでしょう?」
目の前でそう主張する小柄な少女は、ぼくの幼馴染。彼女は先日、十四歳になったばかり。淡い青色の瞳と、腰まである明るい桃色の長い髪を持つ、まだ幼さの残る顔立ちの可愛らしい少女だ。
「すみません。ピンポンダッシュの意味がわからなくて。ぼくには判断しかねます」
幼馴染ではあるが上司である少女に、ぼくは丁寧に返事する。
少女は「ふん」と、言葉とも息づかいとも判断し難い声を発すると、ぼくをひとにらみした。少女は怒っている。しかし、小さな体で憤慨するすがたは愛らしい。
「わたしが前世で暮らしていた世界の子どものいたずらよ!」
少女はピンポンダッシュの意味をぶっきらぼうに説明した。彼女がうごくたび、左右の耳のわきに結ぶ赤いリボンがゆれる。
リボンが少女によく似合っていて、ぼくは思わず彼女に見入ってしまった。
少女はさらにつづける。
「大人のわたしがどうして犯人だと思うの? 犯人は
「ブンタ?」
犯人と糾弾するからには『ブンタ』とは人名だろう。ぼくたちが住むカナルサテン王国では耳馴染みのない名前だ。
「近所の悪ガキよ!」
言いきった少女は「わたしの家も被害にあったのよ! 自分の家でピンポンダッシュする大人が、どこの世界にいる?」と
少女の主張はとまらない。
「しかもあの子、
腹の虫がおさまらないのだろう。少女はブンタの
「犯人は文太しかありえない!」
「はあ」
――この話って、記録する必要あるのかな?
もともと困惑していたぼくは、ついにペンを机におく。
ここは、カナルサテン王国の王城内にある小さな礼拝堂の休憩室。
ぼくは今、この国の第七王女であるアリサ王女の前世の記憶を聞きとり、記録に残す仕事をしている。
記録作業の手始めに、前世で印象に残っているできごとをアリサ王女に話してもらった。しかし、記録する価値もない話ばかり。ぼくは、やる気をなくしつつある。
ちなみにアリサ王女が話しているのは、彼女が前世で住んでいた集落で横行していた子供のいたずらの話らしい。
このいたずらの犯人がアリサ王女ではと、集落の人々に疑われ、くやしい思いをしたのだそうだ。
「くだらない話じゃの。カイが困っておるぞ」
話に口をはさんで笑うのは、この国が主神として崇める女神、イリエンシスさまだ。
黒っぽい紫色の長い髪を左右にわけ、輪をつくってまとめたヘアスタイルは東の国々の様相を思いおこさせる。髪とおなじ紫色を基調にした服装も、やはり東方の装いに似ている。胸元には花をモチーフにした入れ墨があって、それもイリエンシスさまのまとう東方の雰囲気を強めていた。
アリサ王女は、そんなイリエンシスさまの
イリエンシスさまの言葉に愛想笑いすると、ぼくは席をたった。そして、仕事の前に用意しておいた花茶と菓子を給仕しようと、ティーセットをのせた台車に歩みよる。
ポットからカップに茶をそそぐ。
すると華やかな香りと湯気とともに、赤ワインと見まがう茶がカップを満たしていく。
花茶は飲みごろのようだ。
正直なところ、ぼくはこのお茶の香りも味も好きになれない。
しかしアリサ王女もイリエンシス様も、このお茶が好きらしい。やむをえず、ぼくも彼女たちにあわせている。
「カイが知りたいのは、この国の役に立つ話じゃよ」
花茶のはいったカップをアリサ王女の前にうやうやしくおき、ぼくは「まあ、そうですね」と答えた。そして、イリエンシス様の前にもカップをおく。それから菓子を盛った皿も配膳し、自分のぶんの花茶のカップを手に席に着きなおす。
「前世のわたしは、地方ではたらく会社員だったのよ。国の役に立つ話なんて……」
困り顔で眉をよせ、アリサ王女は花茶をひと口飲んだ。
「子どものいたずらの話では、王城内の人間どころか城下町の人々にさえ相手にされないでしょうね」
ぼくは率直な感想を口にした。
アリサ王女は、異世界で暮らした生前の記憶を持っていると主張している。
しかし王宮の大多数の人たちは、アリサ王女の前世の記憶を彼女の想像の産物だと考えている。口さがない人は『第七王女は精神を病んでいて、現実と妄想の区別ができないのだ』と、うわさしている。
王族であるのに、人々はアリサ王女を軽んじているのだ。
そんなアリサ王女だったが、ときどき周囲の人間が驚く考え方や知識を口にすると、母親である正妃様は気づいたらしい。
正妃様はアリサ王女になにかしらの才能があると考えたようだ。
そして、その才能を明らかにするべく、アリサ王女の言葉を書きとめたいと思ったのだ。
そう。アリサ王女の言葉を書きとめる仕事。それが、ぼくが今日から就いた第七王女専属書記官の仕事だ。
「ほんとうに、前世の記憶なのじゃがな」
「でも。イリエンシス様は、城の皆の前でお墨つきをくれる気はないのよね?」
アリサ王女がイリエンシス様に応じる。それから「神さまが『第七王女は異世界転生者だ』と言えば、みんな信じてくれるはずよ」と、彼女は不平を口にした。
「もちろん! そこまでしてやる義理はないからの」
イリエンシス様は言いきって、いたずらっぽくアリサ王女にほほ笑みかけた。
あまり好きではない花茶を飲みながら二人の会話に耳をかたむけ、ぼくはふと思う。
――転生者だとか、神さまだとか。どうして、こんな面々で子どものいたずらの話をしてるんだろう?
疑問が脳裏をよぎり、この不可思議な状況の根源である過去の記憶へと、ぼくは思いをはせるのだった。
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