スタッフドシスターハート
猫神流兎
スタッフドシスターハート
男はいつものようにスーツを着てリビングに続く扉を開けるとパンの焼けた香ばしい匂いが眠気こけた男の鼻孔にダイレクトに伝わる。
この時間は同居している妹はまだ寝ているはずなのにと思いながらキッチンの様子を伺うと珍しく妹がキッチンに立ち朝食を作っていた。
「あ、おはよう~。お兄ちゃん」
妹は太腿まであるゆるゆるぶかぶかの白いパーカーの袖を捲ってボサボサで長い黒髪を後ろで一纏めにポニーテールにして料理をしており、男の姿を見るとハイライトの無い瞳でニコッと笑う。
「珍しいな、お前が朝食を作っているなんて」
この時間、妹はいつも部屋に籠もっており男が声を掛けると慌てて扉を開けて息切れに「行ってらっしゃい」というのが通例だが今日は違うことに男は驚きながらも作られたおかずを食卓に並べて席に座ると妹は最後に作っていた目玉焼きを皿に乗せて男の向かい側に座る。
二人とも座ると揃って「いただきます」と言って食べ始めた。
「今日はクリスマスだよ。こういうイベントの日ぐらいは私が家事をしてお兄ちゃんを助けないと自宅警備員の名が廃れるよ」
「そんなドヤ顔で言われてもクリスマスプレゼントは一つだぞ」
最後に「えっへん」とドヤ顔する妹に男は軽口をたたくと妹はぷく~っと頬を膨らませて反論する。
「そのぐらい分かってるよ。私はもう子供じゃないからね」
「ああ、そうだな」
ころころと変わる妹の表情に元気をもらいながら、子供じみた反論にまだまだ子供だなと思う男。だがそのことは妹に告げると機嫌を悪くしてしまうだろうと思い、男は微笑みながら同意をした。すると妹は頬を膨らませるのをやめ、今度は焼いたトーストをほおばりリスのようにぱんぱんに口に詰めこんでいた。
「そんなに口に入れたら飲み込むときに詰まらすぞ」
コップに入った牛乳を飲みながら男は優しく言うと妹は「?」を浮かべてジッと男を見詰める。そして男の忠告を無視して飲み込んだ。すると案の定、妹は喉に詰まらせ鎖骨の辺りを叩きながらドタバタと慌てる。
「――んー、んー!――んくっ、んくっ――はぁ~~」
男は直ぐに手に持っているコップ渡すと妹は男の手から奪い取って牛乳を飲み干すと深く息を吐いて落ち着いた。
「――はぁ……死ぬかと思った……」
「だから言ったろ。大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
ほっと溜息をつく妹を見て男はやれやれと思いながら時間を確認する。
「やばっ、もう時間じゃん。会社に行かないと――!」
男は慌てて食べかけのトーストと目玉焼きを口に詰め込み飲み込む。すると妹は「おぉ~急いでるねぇ~」と高みの見物を決め込み、自分のマグカップの牛乳を啜る。
男はスーツ鞄に必要なモノを手早く入れてドタバタと玄関へと急ぐ。妹も牛乳の入ったコップを持ったまま男の後ろを付いて行き、玄関先の壁にもたれ掛かる。
「チリ紙、ハンカチ、時計に身分証明に手帳――持った?」
妹に言われたものを一つ一つ素早く丁寧に持っていることを確認する。全て持っていることを確認すると男は妹に向かって親指をたてた。
「大丈夫、問題ない」
「ならよかった。今日は早く帰って来てね」
口をパーカーの袖で拭きながら口角を上げて笑みの奥に暗がりが残るような表情を作り、マグカップを持ったままピースをする。
「分かった、できるだけ早く帰るようにするよ」
男はそう言って会社へと向かった――。
兄を見届けた妹――彼女は不敵に笑う。
「さて、お兄ちゃんが帰ってくる前にクリスマスパーティーの準備するぞぉ~!」
元気な声とは裏腹に瞳に光が籠もっていなかったが本人はいたってやる気のようだ。
彼女のパーカーの裾が引っ張られ彼女は視線を下にやる。するとそこにはクマのパーカーにすっぽりと入った幼女が上目遣いで見ていた。
「あ、ぐるみちゃん。起きたの?」
彼女の問い掛けに『ぐるみ』と呼ばれた幼女はコクコクと首を振る。
ぐるみのことを抱っこしようと彼女は手を伸ばすがその手を華麗に避けニコッと笑う。その様子に彼女は頬を膨らませて不満げな表情をするとぐるみはペタペタと足音を鳴らしながら彼女の部屋へと逃げていった。
「あ、ぐるみちゃん。抱っこさせてよ~」
後を追って自分の部屋に向かうとベッドの上でシーツを被りもぞもぞ動くぐるみの姿が見受けられた。
彼女はその姿に微笑みを溢す。
「さてさて~ぐるみちゃん出ておいで~」
既に見つかっていることに気が付いていないぐるみは彼女が来たことに気が付きビクッと身体を跳ねるように動かす。彼女が「どこかな~……」とわざと声に出しながら探し始めると、シーツを被ったぐるみはもう一度ビクッと身体ふるふると体を震わせて。
「ふふ……かわいい」
バレない様に小声でほほ笑みながら彼女は適当に自分の部屋の物を大きめの音を出しながら物色したのち、ゆっくりとぐるみが隠れているベッドへと向かう。
「…………ぐるみちゃんっ!」
彼女はベッドの縁まで近づくとそう言いながらぐるみを被っているシーツの上から覆いかぶさるように抱き着く。するとぐるみはキャッキャッと笑いながら彼女から離れようと足をバタつかせて抵抗する。
抵抗するぐるみに彼女は一旦、手を止めて起き上がった。
「……?」
被っていいたシーツを取ると彼女の顔を見て遊び足りなそうな表情をするぐるみ。
「遊び足りないの?そうかそうか、そんな子には……」
両手を自分の胸の辺りまでもっていきわきわきと動かす彼女は黒い笑みを浮かべていた。その表情を見たぐるみは身の危険を感じて逃げようとしたが、逃げる前に彼女の手に捕まってしまい、彼女に脇を大いにくすぐられてしまう。
ぐるみは笑いながらもどうにか彼女の魔の手から逃げきるとベッドの縁で笑い疲れて項垂れた。
「あはは、逃げられちゃった。じゃあ、今日はここまでね。」
彼女に顔を向けて疲れながらももっと遊びたいと目で訴えかける。
「ダーメ、今日はクリスマスだから久々にお兄ちゃんのために料理を作りたいの」
彼女の言葉を聞いてぐるみ少し残念な表情をする。
「そんな表情しないでよ。ぐるみちゃんにも手伝って貰うからさ」
パァッと表情を明るくして立ち上がると、両手を大きく上げて身体全体を使って喜びを表現する。
「じゃあ、居間に行こうか」
彼女はそんな元気いっぱいな幼女を正面から抱きかかえる。抱っこされたぐるみは彼女の首に手を回して彼女の頬に自分の頬を擦りつけて喜んでいた。
その状態を維持しながら居間に行きぐるみを居間にある椅子に座らせた。するとぐるみは少し残念そうな顔をして彼女の顔をジッと見つめる。
「そんな顔しないで。やること終わったら遊んであげるから」
彼女が優しく撫でるとしぶしぶ承諾してコクリと頷く。それを見て彼女はニコッと笑って「うん」と言い、立ち上がる。
「――よし、何やるかな……」
彼女はクリスマスパーティーに必要なモノや、やる事を纏めたメモ帳をペラペラとめくりながら考える。
「これはやった……これもやった……料理やケーキは昨日冷蔵庫に入れた……。――あっ!」
やったことに赤ペンでバツ印を付けてやっていないことをピックアップしていく。すると飾りつけをまだやっていなかったことに気が付き急いで準備を始めた。
「えっと……ここに去年の材料のあまりがあったはず」
押入れを開けてガサゴソと段ボールを出して探す。ハロウィンの時に使ったゾンビのマスクや花見に行った時に押し花にしたモノなどが出てきて彼女はその時の思い出に浸っていた。
「今年も色々あったねぇ……っと見つけた。クリスマスツリー」
一番奥にあった段ボールを見つけ引きずり出す。その段ボールを居間まで持って行く途中、テーブルの椅子に座っていたぐるみが彼女に構って欲しくて椅子から箱に飛び乗る。
「ぐるみちゃん、重たいよ~」
キャッキャッと箱の上で喜ぶぐるみに彼女の声など聞こえておらず、彼女は頑張ってクリスマスツリーの入っている箱を飾る場所であるテレビ台の近くまで運び一息入れる。
「疲れたぁ……ちょっとお茶しようっと……」
箱を放置して鼻歌交じりにキッチンに向かった。
乗っていたぐるみは自分をキッチンに連れて行かないことに涙目で訴えるように箱を平手でバンバンと叩く。しかし、彼女は見向きもせずティーカップ二つとティーポット、大福をテーブルに用意して椅子に座る。
「今日はピーチティーかな~♪」
ふと、何かを忘れているような気がして彼女はゆっくりと部屋を見渡して考える……。そしてふてくされた顔をして、両手のこぶしで箱を殴っているぐるみと目が合った。
「――あっ! ごめん、ぐるみちゃん! 忘れてた!」
慌てて駆け寄り、箱の前にしゃがむ。
「ほんっと、ごめん!」
謝る彼女に腕を組み、そっぽを向いて頬を膨らませるぐるみ。
「ほら、大福二個食べて良いからさ。ね、一緒に食べよう?」
目の前に大福を出されチラっと彼女の顔を見てどうしようかと思案顔をすると溜め息を溢し呆れた表情で両手を広げる。
「抱っこしてテーブルまで連れてったら許してくれるの?」
その通りだと言わんばかりにうんうんと頷く。
「分かった。じゃあ、抱っこするよ?」
微笑みながらぐるみの脇に片手を回り込ませて持ち上げる。
彼女に構って貰えた事が嬉しかったのか笑顔で身体を揺らして喜びを露わにする。
ぐるみには彼女と向き合うように座らされ、大福を二個置かれた。
「さて、ぐるみちゃんオッケー、お菓子オッケー、お茶オッケー。じゃあ、食べよう」
ちゃんと全て揃っていることを確認をして食べ始める。
「ぐるみちゃん、美味しいね」
彼女は笑顔で問い掛けると同意するかのようにぐるみも笑顔で返す。
桃の香りがする和やかなティータイムが過ぎてゆく。彼女が話しかけるとぐるみはそれに反応して身振り手振りで彼女と会話して盛り上がった。
和やかなティータイムが終わると彼女はテキパキと食器を片付ける。
「ぐるみちゃん、残った大福、食べても良い?」
ぐるみが手を付けていない残した分を食べていいか尋ねると大福と彼女の顔を見比べてコクコクと頷く。「ありがとう」と言って皿にあった大福を食べてぐるみの分も片付けた。
「よし、それじゃあ、クリスマスツリーの飾りつけを再開するとしますか」
先ほど出した箱からクリスマスツリーを取り出すとぐるみが椅子の上に立ち両手を広げて目を輝かせた。
「ふふ、すごいでしょ。このクリスマスツリーはね、お兄ちゃんが買ってくれたんだよ」
腰に手を当てて自慢するように言う。ぐるみは呆れたような表情をして彼女の自慢を聞いていた。
飾りも箱から出してぐるみと話しながらつけていく。途中でぐるみが足を滑らして椅子から落ちてしまったが大事には至らなかったが彼女がまた落ちると悪いと傍に座らせた。
最後にてっぺんに星を付けて完成したクリスマスツリーの高さは大体、百四十センチ程度で彼女の肩ぐらいの大きさになった。彼女とぐるみはふたりでクリスマスツリーを目の前にして座って眺める。
「完成したね、ぐるみちゃん」
彼女の腕の中に納まっているぐるみは彼女の問いかけに両腕を上げようとしたが眠気に負けて途中で腕は落ちてしまった。
「ぐるみちゃん、疲れちゃったのね。可愛い……ふわぁ……私も眠くなってきちゃった……」
彼女も釣られて眠気に襲われて意識を手放した。
「ただいま~」
疲れ切った顔で男は玄関のドアを開けて入る。いつもなら彼女――妹の出迎えがあるのだが今日はなかった。そのことに少し不思議に思いつつも、リビングに向かうとクリスマスツリーが暗い中光っていた。その近くで妹が赤い染みが残るつぎはぎだらけのウサギのぬいぐるみを抱いて寝ている。
男が電気をつけると妹はむくっと上半身を起こし、目を擦る。
「ん……あ? あ、お兄ちゃん オカエリー」
「おう、ただいま」
妹はぬいぐるみをポンポンと優しく叩きながら「ぐるみちゃん、起きて~」と声をかけてる。その間、男はさっさと自分の部屋へと行き、着替えた。
「クリスマスツリーを飾ったら力尽きて寝た感じか?」
「うん、そんな感じ~。ぐるみちゃんと頑張った」
妹はぬいぐるみを抱っこしてテーブルに着く。男は冷蔵庫にある妹が作り置きしたチキンやピザ、ミネストローネを温めてテーブルに置いていく。
「そっか、頑張ったんだな」
「うん……」
男は妹の頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。
「お兄ちゃんは仕事どうだった?」
「ん~、クリスマスツリーが倒れて面倒くさくなって逃げ帰ってきた」
「逃げ帰るのは良くないぞ、お兄ちゃん」
ぬいぐるみを撫でながら男の顔を見てキリっとキメ顔で言う。
「大丈夫、ちゃんと仕事を処理して追加される前に帰ってきたから。」
全ての料理の温めが終わりテーブルの上に並べられ、男は妹の正面に座る。
「ケーキは終わったらで良いよね?」
「私は先でもいいんだよ、お兄ちゃん」
真面目な声で言う妹に男は少し呆れてながらも少し面白かったので顔がほころぶ。
「そうだな、それでもいいな。来年はそうするか」
二人揃って手を合わせて食べ始める。
「我ながら出来が良いし、おいしい。そう思わないお兄ちゃん?」
「そうだな。自画自賛して良いレベルでうまいな」
二人とも口いっぱいに頬張りながら料理の味を堪能する。
「お兄ちゃん、余ったら明日の弁当に入れても良い?」
「おう。余ったら是非、入れてくれ」
男はフォークを持った手でサムズアップしてニカッと歯を見せて笑った。
「ま、残るかどうかは私の胃次第だけどね!」
吸い込むようにバクバク食べる妹を見て男は明日残ることがないと悟り、惨憺たる表情になる。
「お兄ちゃん、そんな悲惨な表情にならないでよ。冷蔵庫ちゃんと見た? ちゃんと残ってたでしょ?」
「あ、そう言えばそうだな。良かった、明日も実妹手料理の弁当だ」
大喜びする男に妹は呆れながらもぬいぐるみを撫でる。
テーブルにあったほとんどの料理が妹の胃に収まり、男は「相変わらずどこにそんなに入るんだろう」と考えながらもケーキを冷蔵庫から取り出してテーブルに置く。
「はい、待ちに待ったクリスマスケーキだ。相変わらず、飾りが豪華だな」
「でしょ、でしょ? 今回はぐるみちゃんのアイデアを採用してクッキー四枚とチョコでクリスマスツリーを立体的に作ってみたの!」
妹はぬいぐるみをを床に落とし、テーブルに手をついて前のめりになりながら説明する。男は妹に圧倒されてたじろぐ。
「お、おう。凄いということは分かったが興奮しすぎた。深呼吸しろ」
どうどうと妹を落ち着かせる。妹は深くゆっくり空気を吸い込み、顔を下に向けて思いっきり空気を吐いた。
「で、どうやって食べるのか?」
「――クッキーを取って切り分けて食べるの。クッキーの中が空洞だったから砂糖で作ったサンタとチョコの家を入れてみた。あ、お兄ちゃんはサンタね。私は家の方を貰うから」
妹の言う通りに切り分けていき、少しずつケーキを胃の中に消していく二人。結局、ケーキの四分の三が妹の胃の中に消えた。
「ふう、食べた食べた。美味しかった」
妹はパンパンになったお腹を擦りながら椅子にもたれかかる。
「そう言えば本当にクリスマスプレゼントはいらなかったのか?」
「ん~、何度も言ってるじゃん。お兄ちゃんとぐるみちゃんがいてくれるだけで私は幸せだよ!」
妹の笑顔に男は「そっか」と返し、今ある幸せを噛み締めた。
スタッフドシスターハート 猫神流兎 @ryuujinmaou
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