一章/無欲ならざる古仙 その4
かがりは
「……ふむ、
「そりゃあ神社でしょ。
「あそこにいた神職は
「そうよ。……私を神社から追い出した、
「……うなぎ?」
「
「そうか。ならば都合がいい」
「え……? まさか、あいつらと話すつもりなの?」
「もちろん」
「やめてよ! 殺されるに決まってるわ!」
「かがりよ。
「熾天の巫女でしょ。私の妹の……」
「
そういえばそうだった。かの聖仙を祀る祠は
「お前は信じていないようだが俺は
「だから、殺される心配はないってこと……?」
「ああ。【透過】の術は解除するが、何も心配はいらない。ここは一つ、
「
村長宅に無断で侵入して「
無駄に広い居間には
「おい待て。話も聞かずに追い返すのは狭量ではないか」
「無断で侵入してきた輩が何を云うか! しかも
「まあまあ
宥めるように声をあげたのは袴姿の男である。命融神社の
「
「もとから
「俺たち……?」南条は怪訝そうに首を伸ばした。そうして
場がどよめいた。かがりは
「ご無事そうで何よりです。家が火事になったと聞いたときは心配で心配で胸が張り裂けそうな思いでしたが、こうしてお元気でいらっしゃるのを見るに、間一髪逃げ出せたご様子ですね。いやあよかったよかった。熾天の子に何かあったら大変ですからねえ」
皮肉にしか聞こえなかった。かがりを〝熾天の子〟の地位から引きずり下ろしたのは他ならぬこの男であろうに。
部屋の人間どもが血相を変えて立ち上がった。当たり前のことだった。村に災厄をもたらす
「熾天寺かがり、何故貴様がここにいる! 我々を嘲笑いに来たのか……!」
「ち、違う。私は……」
「こいつは
ぽん、と肩に手を置かれて心臓が飛び出そうになった。全員の視線が一点に集中する。かがりも恐る恐る上を見る。道服の奇人はしたり顔で人間どもを見つめていた。
「熾天の子の役目は天下に光をもたらすことだ。これからこの狐娘が
「ちょっと、あんた……!」
南条がふっと吐息を漏らした。それは明らかに嘲りを含んだ笑いだった。
「何を云うかと思えば。だいたい貴方は何者なのです? 熾天寺かがりがどんな人間か――いえ
「
南条が顔を引きつらせた。
「
「……
「そうだそうだ!」――村長どもが南条に追随した。かがりは身を硬くしてじっと耐える。人から嫌われることには慣れている、こんなのはいつものことだ、だから無視してやればいいんだ――そう思って逃げ出そうとしたかがりの肩を、
彼は無表情だった。しかしかがりにはわかった。微かに、怒りのにおいがするのだ。
「ところで神職よ。お前の名前はなんだ」
南条の眉がぴくりと動く。口元は綻んでいるが目は笑っていない。
「
「
「……
「史書に曰く
「ふざけたことを。
南条の瞳が殺気を帯びた。
「だがふざけているのはお前らのほうだ。――見ろ、この狐耳を。狐の尻尾を。こんなに愛らしい姿をした少女を化け物だの
「あ、愛らしいって……
思わず俯く。頬が熱くなる。こいつは何を云っているのだろう。
「まあ安心したまえ。お前らの腐った感性は俺が矯正してやる。すなわち熾天寺かがりの素晴
らしさを思い知らせてやるのだ。――そのために、一つ取り引きをしようではないか」
「やかましいわ不審者めが! この場から出て行けッ!」
「南条殿……! 離してくだされ、そやつの鼻っ面をへし折らねば気が済みませぬ!」
「落ち着いてください弥三郎殿。――
「熾天寺かがりの待遇改善を要求する」
滅茶苦茶だ。何もかも。人間たちの気持ちはよくわかる、いきなり奇妙な恰好をした不審者が、しかも忌み嫌われている化け狐を連れてきて「
だからもうやめてよ。十分だから――そんな感じで切に願っていたのに、この変態仙人はかがりの心を丸きり無視して爆弾発言を炸裂させるのであった。
「――そのかわり、この娘自身が
論理的には正しいと思う。しかし急すぎて心の準備ができていない。
「本気ですか」
「本気だ。――なあ、かがり」
かがりはしばし固まった。同意を求められても困る。困るのだが――周囲の人間の表情を見ているうちに反骨精神が鎌首をもたげた。どいつもこいつも悪意に満ちた表情、しかしその表情の奥には呆れのような感情も見え隠れしていた。「何を云ってるんだ」「
そんなふうだから。そんなふうに心を腐らせているから、
「――当たり前でしょ!
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試し読みは以上です。
続きは2020年4月10日(金)発売
『少女願うに、この世界は壊すべき ~桃源郷崩落~』
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※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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少女願うに、この世界は壊すべき ~桃源郷崩落~ 小林 湖底/電撃文庫 @dengekibunko
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