第49話 新たな青竜公

 ――いったいなぜ、彼女を呼びもどさせたのか。


「領主権のあるものを、相続の場に呼ばないわけにもいかないでしょう?」

 リアナは腕をくみ、場にむかって説明する。「それで、ヴィクに探しに行ってもらってたのよ。でないと、召喚状しょうかんじょうだけ出したところで、戻ってくる保証もないしね」


 アーシャことアスラン卿は、上王リアナが王太子だった時代に、彼女の暗殺をもくろんでいた一派に協力していた。その罪で貴人牢きじんろう収容しゅうようされていたが、現王デイミオンが重傷を負ったさい、その治療に多大な功績こうせきがあったということで、特別に恩赦おんしゃを受けていた。その後は大陸を放浪ほうろうし、あちこちで貧民を相手に治療をほどこしているという話だった。

 その彼女を、リアナは呼びもどしていたのだ。

 使者の人選じんせんには悩んだが、デイとも相談のうえで若いヴィクトリオンを選んだ。竜騎手を派遣すると、アーシャにかんづかれて逃げられる可能性もあったし、また王命を果たすことでヴィクの自信につながるだろうという考えからであった。


「だが……彼女は相続権を停止されているのでは?」

「当時の王、つまりわたしによってね」

 リアナは肩をすくめた。「だから、謹慎きんしんを解くのもわたしの仕事ということになるでしょう」

?」エサルはおうむ返しに尋ねた。「私が言うことでもないが、……よろしいのか?」


「王に対する反逆罪とはいえ、分別もつかない未成年のこと。温情で量刑を軽くした以上、永遠に罰するのは、王であったわたしの意に反します」

「ふーむ……」

 エサルは、アーシャの帰還を歓迎したものかどうか、まだ判断がつかずにいる様子だった。王の命を狙ったという共通点はあるが、アーシャとは政治的にはこれまであまりかかわりがなかったはずで、無理もない。敵か味方か、はかりかねているのだろう。


 もちろん、反対者もいた――ハズリーを後継こうけいすレヘリーンだ。リアナから見て右手がわ、円卓のちかくに立派な椅子をもってこさせていて、隣に愛人――ハズリーを立たせている。

「王に弓を引いた大罪人じゃありませんの!」

 顔を赤くして、声高に主張する。つい先ほどまではアーシャをめそやしていたくせに、驚くほどすばやい手のひら返しだった。彼女が戻ってくることを想定していなかったのだろうが、それにしても、言うことが一貫いっかんしていない。グウィナは姉の変わり身に頭が痛むような顔をした。

「『いなくなってせいせいした』なんて言っておいて、しらじらしい!」


「そんなこと言いましたかしら」

 リアナは空とぼけた。「まあ、アスラン卿の人格に難があることは事実です」


「まあっ、なんて失礼な女! 誰のためにここまで戻ってきてやったと思っているの、あの鳥頭!」

 今度は左手がわから、アーシャの威勢いせいのいい反論が聞こえてきたが、リアナはそっくり無視した。


「わたしは性格ではなく、おこないで人を判断しているだけです。――性格はたしかにあなたそっくりですけど、アスラン卿には功績こうせきもありますから」


「功績?! わたくしには功績がないっていうの!?」と、右手がわから。

「当然ですわよね」と、これは左手がわから。「鳥の巣みたいな髪形をなさってるけど、すこしは頭もはたらくようね」

 二人とも、ちょっと黙っててくれないものか。リアナは憎々しげな顔つきを隠すのに苦労しながら冷静な声をつくった。


「わたしたちは千年の春を生きるのよ。やりなおしの機会は、あたえられるべきだわ」

 リアナは、グウィナのほうをちらりと見た。「この点は、ほかの者への処遇しょぐうもおなじです」

 グウィナの顔には、いかにも母親らしいほっとした表情が浮かんだ。もう一人の息子、ナイメリオンのことを思ったのだろう。


「もちろん、一定の期間、公職にかせるつもりはないわ。まずは補佐をつけ、領主としてきちんと領地運営ができるようになってからということね」

「なるほど」エサルはうなずいた。

「リアナ陛下のご意向はよくわかった。ここで、相続候補者が三名に増えたということですな」


「なにをおっしゃるの、エサル卿?」

 アーシャがさっそく口をはさむ。「わたくしは、エンガス卿の正統な後継者でしょう? ほかの候補者など必要ありまして?」


「もちろん、必要だ」

 エサルにかわって、デイミオンが辛抱しんぼうづよい調子で説明した。「次代の西部領主は五公の合議で決定すること。それがエンガス卿の遺志だったのだから」


 アーシャは不満そうだったが、リアナは亡き公の意図をじゅうぶんに理解していた。

 恩赦おんしゃされたとはいえ、反逆という罪をおかしたアーシャである。ニシュク家の当主の座はともかく、そのままでは次代の五公に就任できる可能性は低いと考えたはずだ。だが、当主選びを五公と王の判断にゆだねればどうか?

 そこでかれらのお墨付すみつきがえられれば、領主として、五公としてのアーシャの障害は大きく取りのぞかれるにちがいない。

 そう、この相続会議は、いわば彼女のための茶番劇なのだ。それを最初から理解していたのは、デイミオンとリアナだけだったが。

(もちろん、あの女はそんなこと、気づきもしないでしょうけどね)


「では、五公による採決をおこなう」

 エサルが言った。「まずは三人に投票し、得票順で一人にご退場いただいてから、もう一度二人での決定投票をするということでいかがか?」


「その必要はありません」

 アマトウが声をあげた。五公と王はいっせいにそちらに顔をむける。

「アスラン卿が戻ってこられたのであれば、私は領主となるつもりはありませんので」

「それでいいのか?」

 デイミオンが確認した。「アスラン卿の不在によって、もっとも迷惑をこうむったのは貴兄だと思うが」


 苦笑したアマトウの言い分は、ある意味では、みなの予想どおりというものだった。

「竜騎手団の任務と医師としての仕事だけで、私には正直、手いっぱいです。エンガス公ののこした研究を引き継ぐものも必要ですし……」


 エサルがなにか声をかけようとしたとき、ガタンッと椅子を鳴らす音がした。レヘリーンが立ちあがったのだ。

「こんなの、茶番じゃないの!!」

 白いこぶしに筋が浮くほどにぎりしめ、金切り声をあげる。「三者に割れようが、アスラン卿との一騎打いっきうちになろうが、ハズリーの不利はあきらか。リアナ様の筋書すじがきどおりに動くなんて、がまんならないわ」

「母上」

 デイミオンがたしなめるように呼びかけたが、レヘリーンはそれも気に食わなかったようだ。

「いやらしい策略をめぐらしているのに、あなたは彼女の肩ばかり持って。イスはいつもわたくしの味方だったのに!」

 そう言うと、なんと、身をひるがえして出口へと向かった。


「レヘリーン卿!」

「お姉さま!」

 エサルとグウィナが慌てて呼びとめるが、もう遅い。レヘリーンは大広間から駆け去ってしまった。

「いい節年齢としをした女性が、なんて無分別むふんべつな……」グウィナはぼうぜんとつぶやいた。


「レヘリーン卿も、一杯食らわされたというかんじですな」

 エサルは、意味ありげな目線をリアナにちらりと送ってよこした。「まあ、リアナ陛下のについては、いつも驚かさせるところではある」

「彼女にくらべたら、だれだって計画的でしょうよ」リアナはずけずけと言った。「思いつきでふりまわされる周囲の気持ちにもなってほしいわ」


「それは、まあ、そうなんでしょうが」 

 エサルは相づちをうって、置いていかれた男に目をむけた。「さてと。レヘリーン卿は退出なされたが、貴殿はどうなさる、ハズリー殿」


「どうしたものでしょうか」

 ハズリーは困ったような、だがどこか余裕のある笑みを浮かべた。「閣下のご支持をいただけないとなると、私が立候補する正統性はないようですね」

「そうね。さっさと辞退なさったら?」アーシャが言わずもがななことを言った。「いまなら、わたくしへの不敬は問わないでおいてあげますわ」


「アーシャ姫に領主がつとまるとは思えない」

 ドリューが眉をひそめた。「弟が苦労をかけられるのが目に見えている」

 隣のグウィナもしぶい顔だ。「姉がああなのでわたくしに言えたことではありませんが、さきほどの登場のしかたを見ていると……。もうすこし成熟なさらないと、五公の一員としておむかえできるかどうか」


「陛下はいかがお考えか?」

 エサルの問いに、デイミオンは即答した。「どちらを支持しても、私は五公の判断を尊重しよう。……ただし、いずれの候補者の場合にもアマトウ卿の監督は受けてもらう」

「ふむ」

 エサルは整った顎ひげに手をあてた。「よろしい。では、五公による採決をおこなうこととしましょう」

 そういって、ぐるりと円卓を見まわした。


 ♢♦♢


〔若い竜、巣から出たばかりの仔〕

 赤毛の青年にむかって、レーデルルが優しく声をかけた。〔目のゴミはとれた?〕

 古竜は感情のたかぶりで涙を流すことはないので、そういう気づかいになるのだろう。


「ううっ」白竜に見下ろされながら涙にむせんでいる、ヴィクトリオンである。すでに採決はおこなわれ、参加者たちも一人また一人と広間を出ていくのが見える。一度、飛竜の世話をしに出ていった青年は、採決の結果を聞いていそぎ戻ってきたところだった。


「まぁ、ヴィク。わたくしが領主をぐのが、そんなにうれしかったのね。泣くほど感動するなんて」

 白い指をなよやかに組んで、アーシャが微笑んだ。


 五公による採決の結果は、アーシャが四名の賛同を得て、ニシュク家の当主となることが決まった。ただし五公への就任は反対票が三で保留となった。デイミオンの提言どおりにアマトウが監督人となり、いずれは五公の一員となる道もひらけるだろう。


「ヴィク……」

 デイミオンは年下の従弟いとこのもとへやってきた。リアナも一緒だ。ぽんと肩に手を置いてやると、さらに涙腺がゆるんだようだった。

「デイミオン……」

 ヴィクは、母ゆずりの氷青の目に万感ばんかんの思いをたたえた。

「こいつを連れてくるの、死ぬほど大変だったんだよぉ……!! 何度、任務をほっぽりだして王都に逃げ帰りたいと思ったことか……ぐすっ……でも俺、やりとげたんだ……!!」


「よくやったな、ヴィク。誰にでもできる任務じゃない。一流の剣士にしかできないことだ。おまえにまかせた俺の目は、まちがっていなかった」

「ううっ……!! デイミオン! 俺やったよぉ!」

 従兄弟いとこ同士は、ひしと抱きあってたがいの健闘けんとうたたえた。


「こんなわがまま女、わたしには絶対ムリだったわ、ヴィク。本当にえらいわね」

「リアナ……!! 俺うれしいよ……! 今日からはあいつのわがままやらオーデバロン卿の嘆願たんがんやらにわずらわされず、安心して眠れるかと思うと」


「失礼な話ですわぁ」

 アーシャはしらけた顔になった。「わたくしが、いつ、竜祖のさだめたもうたこよみの何月何日何時に、そんな狼藉ろうぜきをはたらいたというのかしら」


 しかし、無事の任務遂行をよろこぶ王と元王妃たちも、あたらしい領主の誕生をことほぐニシュク家の者たちも、そんなアーシャのぼやきなど聞いてはいないのだった。

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