3 近づく距離 (王都の首飾り事件 下)
第14話 リアナ、私兵をつのる
観劇の夜から半月ほどが経った。リアナはまだ、西部に出立できないでいる。例の、首飾りの紛失事件のせいだった。
竜騎手団の捜査は遅い。かれらだけの非ではなく、構造的に、高位の貴族を取り調べにくいのが問題なのだ。
それはわかっているのだが、王都から身動きが取れず、リアナは気持ちが焦っていた。計画では、すでに西部のごたごたを解決しおわり、フィルと娘と
そんななか、かれらの屋敷に、西部のスターバウ領からたのもしい訪問があった。家令のレフタスが、部下のハートレスたちと山ほどの報告、それに武装した見慣れぬ集団を
レフタスは、フィルと同じように、リカルド卿の養子となったハートレスの一人だ。従軍経験はあるが、戦闘には向かなかったらしく、後方支援を経て戦後はスターバウ家の家務会計を取りしきっている。
夫妻はレフタスを居間に案内した。最近は来客が多いので、ソファのほかに来客用の椅子が増えている。ベビーベッドの乳児に、レフタスの顔がほころんだ。
「なかなかそっちに帰れなくて、ごめんなさい、レフ」
リアナの謝罪に、レフタスは笑顔をみせた。
「なに、ご領主さまはあなたがおられなければ、大陸中を
「ひどい言い草だな」
「事実でしょう」
遠慮のないかけあいが面白く、リアナもつい笑顔になる。
帰郷が遅れている理由を説明すると、レフは考える様子になった。「エクハリトス家の〈ウォーターフォール〉。……盗んでも、なかなか売りさばけるものではありませんね。あれだけ大きなものですから、石自体も分割して売るのでしょうが」
「デイはそれを心配しているみたいなの。宝石自体も由緒あるものだから」
「私も家令同士の伝手を当たって、すこし調べてみましょう。捜査の進展をお知らせできるかもしれません」
「心強いわ」
フィルだけでなく、リカルドの時代から家長の不在に慣れ、留守の領地をつつがなく運営してきた男である。リアナはこの家令を信頼していた。
「それから。スタニーより、陛……閣下にご報告をおあずかりしています」
几帳面に呼称をなおしつつ、レフタスが言った。「『キーザインの自警団を中心に、夜間の集会・届け出のない警らの回数が増えている』と。……閣下のご予想のとおりです」
「『西部に反乱の
フィルの確認に、リアナがうなずく。
「単に制圧が目的なら、あんなに武器をもちこまないわ。時間をかけて鉱山に入って、労働者たちをけしかけている者たちがいると思ってた」
「……」
もちろん、その程度の推測はフィルも持っているだろうが、「……それで?」と短くうながした。
「そっちは後で説明するわね」
リアナはすぐには答えなかった。「レフ、続きの報告もお願い」
求めに応じ、レフタスがいくつかの報告をする。そのなかに、フィルが口をはさんだものがあった。
「タウンハウスの買い手が見つかりました」
「タウンハウスって……ゼンデン家の? 売ってしまうの?」
フィルの問いに、リアナはまた、うなずきで答えた。
「維持費もかかるし、中途半端に貸し出すこともできないしね。いい条件で売れないか、前からレフに頼んでいたのよ」
この屋敷のような小さな物件ならともかく、五公十家のタウンハウスともなれば、王都の普通の商人では仲介もできない。そこで、領主家の家令であるレフタスがいろいろ
数年にわたって探していたので、悪くない条件での交渉が期待できそうだ。
「維持費なら、俺が出すのに。あなたが家を失うのは見たくない」
フィルがそう言って眉尻を下げた。
「ありがとう。でも、まとまった現金も必要なの」
リアナは、公的にはゼンデン家の最後の一人である。エリサか、いずれ別の子どもが家を継いでくれるかもしれないが、かならずしも屋敷を残す必要はないと考えていた。竜族の数は減り続けており、巨大な屋敷の資産価値は下がっていくに違いない。
「前金をこちらが受けとるという条件で、すでにリアナさまにはお金をお渡ししています」
レフの説明に、リアナも同意のうなずきを返した。
「それで……その金でなにをするつもり?」
フィルが尋ねた。「あなたのことだから、もう決めてるんだろう?」
「ええ」
リアナはひと息おいてから、答えた。「わたしの軍を作るつもりなの」
♢♦♢ ――フィル――
レフタスの案内で、十名ほどの兵士がホールに集まっていた。一人だけ、ぴょこんと頭が抜け出しているのはハートレスのシジュン。だが、あとの屈強な兵士たちは、フィルにとっては新顔だった。
「閣下」
一歩進みでてきたのは、とりわけ見事な体格の兵士だった。金髪を二本、締めなわのようにきつく編み、革の鎧に包まれた上半身は岩山のよう。フィルより頭半分ほど背が高い。
「イディス・バリンデス。お
男性のような体格なのに、声は女性のアルト。フィルはぎょっとしたが、隣のリアナは笑顔で彼女を出迎えた。
「来てくれてありがとう、イディス。とても心強いわ」
「もったいないお言葉でございます、閣下」
リアナの手を握らんばかりに接近している締めなわの女兵士に、フィルはやや引きぎみになった。
「え……誰?」
「紹介するわね。イディスはわたしの軍のリーダーになる人なのよ」
リアナは満面の笑みで言った。「フィル、彼女に見おぼえはない? ほら、二年前の武術大会で……女性の優勝者がいたでしょ?」
「あ」
その言葉で、フィルもぴんときた。「そういえば、いたね。女性の剣闘士。たしか、女性の部で圧勝したけど、性別を疑われて失格になったんじゃなかったっけ?」
「フィルバート卿にもご記憶いただいていたとは、光栄です」イディスはもじもじと照れた。
「そうなの。ひどい話じゃない?」
リアナが
ついでに言えば、イディスはその後、優勝者との特別試合でも善戦している。それだけに、性別を偽っているという
「それで閣下が――当時は上王陛下とお呼びしておりましたが――、ぜひ自分のところで働かないかと言ってくださったのです」
イディスが堅苦しくあとを取った。「その後、南部の国境警備隊で
当時も男性と見まごう体格だったが、二年経ったいまではさらに迫力が増し、首まわりなどフィルより太いほどである。さらに南部の国境警備隊といえば
「それで納得がいった。レフがずいぶん、ぞろぞろ連れていると思ったけど。あなたの依頼だったんだね」
「イディスに頼んで、兵を募ってもらったの」
リアナが説明する。「ハートレス部隊は、わたしの管轄ではなくなってしまったでしょ。ニシュク家に加勢してキーザイン鉱山の反乱を防ぐためにも、わたしが動かせる兵が必要だから、頼んだの」
「それで……部隊といっしょに、西に行くつもりだった?」
「そう。ほんとなら、わたしがそっちに出向くはずだったけど、今は動けないわね」
「……」
リアナの言葉には、ある含みがあった。だが、フィルはあえてすぐには指摘せず、気づかないふりをしておいた。
続いて、イディス以外の兵士たちを
「なにか、見覚えがある顔のやつらだな」とかれは呟く。「だけど、うーん……?」
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