第13話 デイミオンの取り調べ
「彼女を疑ってるのか?」
リアナの肩に手をおいて、フィルが固い声で尋ねた。
「おまえには
デイミオンは、そう答えをはぐらかした。その声には、男同士でしか通用しないあざけりがこめられている。
「それくらい、王の一言で退かせられないのか? その程度の権力もないとは思えないけど」
「おまえのように、剣にものを言わせられれば楽だろうな。あいにく俺は無法者じゃない」
「
「挑発は高くつくぞ」デイミオンも不敵に笑う。「いまのおまえに、
二人のあいだの険悪な雰囲気に、竜騎手たちの緊張がはしり、リアナも人知れず怖くなった。フィルは、実の兄にしろ王にしろ傷つけることをためらわないし、妻を奪われたデイミオンも、これまでのように冷静を
「二人ともやめて。口論する時間がもったいないわ」
勇気をふりしぼり、リアナは小声で男たちを制した。黙っていろと言わんばかりの冷たい沈黙が返ってきたが、かまわず宣言した。
「王の聴取をうけるわ。そのかわり、フィルには帯刀の許可をおねがい」
二人を交互に見ながら続ける。「フィルはボックスの前で待っていて。なにかあれば、すぐあなたを呼ぶから。それでいいでしょう? デイミオン……陛下」
「……」
「……」
二人の男はなおも、先に目をそらしたほうが負けだとでもいうようににらみあっていたが、リアナの言葉にようやくふいと目をそむけあった。
♢♦♢
竜騎手側が用意したボックス席はリアナたちの席の正反対にあったので、デイミオンの後ろをついて移動するあいだ、周囲の好奇の目線をあつめることになった。
さすがに王の目前で表立ったことは言えないのか、扇子の陰でささやきあう声は聞き取れないが、後日どんな噂を立てられるものかと気が重くなる。
部屋のなかに入り、護衛の竜騎手が外から扉を閉めると、二人きりになった。扉のすぐ前にはフィルがいるし、目の前には舞台があるから密室ではないが、リアナは緊張を感じた。舞台からは、おそらく王と王妃の
「……それで?」
デイミオンは冷たく、落ちついた声でうながした。「おまえが盗んだわけではないだろうな?」
「もちろん、盗んでないわよ。当たり前でしょ?」リアナはむっとして答えた。
「説得力に欠ける服装だな。時代遅れのドレスに、その首まわりはなんだ? 子どものおもちゃか?」
じろじろと不躾に眺めおろしてくる男に、リアナも言いかえす。「気に入ってるんだから、いいじゃない。フィルが作ってくれたのよ」
「馬鹿らしい。そんな格好では、疑ってくれと言うようなものだ」
「公式の晩餐会でもあるまいし、観劇の場でなにを着るかくらい、わたしの自由でしょ。疑うほうがおかしいわ」
口さがない貴族たちにとっては、絶好の
「サイズが合っていない」
なおも難癖をつけてくる男に、「産後太りだけど。なにか文句でも?」と返す。そして、言い合いしているうちにずいぶん接近していることに気がついた。イーゼンテルレ風のドレスはコルセットを使うので、持ちあがった胸が目の前の
「……な……なに?」
「……」
デイミオンはしばらく、急に豊かになった胸部あたりに目線を落としていた。目玉が落ちるわよと、ついからかいたくなる衝動を抑える。やがて、華奢な首飾りに手をふれて低い声で毒づいた。「こんな安物」
長い指が首もとをかすり、リアナは思わず身を固くした。デイミオンはさらに顔を近づけ、ほとんど耳もとでフィルをなじった。
「おまえの夫にも非があるんだぞ。ふさわしい装飾品を配偶者に与えるのは、雄竜たるもののつとめだ」
そう言われて、リアナは答えに
「……あなたはそういうタイプでしょうけど、フィルは違うのよ」
あまり挑発的にならないように気をつけながら、リアナは言った。「どちらが良いという話じゃないわ」
首飾りをすくうように上向けた指の、背の部分が鎖骨をこすった。長いことかれに触れていなかったので、たったそれだけの接触にどぎまぎしてしまう。
金の飾りをもてあそびながら、デイミオンは
「良しあしじゃないと言うが、今のおまえの生活はどうなんだ? ゼンデンの家に恥じないものと言えるのか? 小さな屋敷に、時代遅れのドレスに、お手製の首飾り」
暗いボックス席のなかで、舞台の光がかれの黒髪に光の縁どりをつけていた。秀でた額と彫刻的な鼻筋にも。
「わたし一人しか残っていない家の虚栄を、いつまでも守りたいとは思わないわ。贈り物の価値にしても、……わたしが知っていればいいことよ」
「そもそも、おまえが出ていかなければ、こんな事件も起こらなかったんだぞ」デイミオンがまた蒸し返す。
「わたしのせいなの!?」リアナはつい、反射的に目をつりあげた。
「〈ウォーターフォール〉はおまえのものだったのに」
「あれは、あなたがわたしを信頼してあずけてくれたものでしょ。結婚に
「だが、ほかの品物もすべて置いていった。俺がおまえに贈ったもののほとんどを」
「……」
その口調から、元夫が怒っているのはプライドが傷ついたせいだと想像がついた。求愛の贈り物にそっぽを向かれた古竜とおなじで、女性からの拒絶だと感じるのだろう。
「高価な品物を返したのは、もっとふさわしい用途があると思ったからよ。あなたの愛情を軽んじていたわけじゃないわ」
なだめるように説明したが、デイミオンは納得してくれたようには見えなかった。ずいぶん近づいていた距離を離して、バルコニーに手をかけている。
「あの……そろそろ帰してもらえる?」
「今日のところはな」
デイミオンは舞台のほうに目を向けたまま、そっけなく答えた。「だが、事件が片付くまで、王都から出ることは許さん」
「王都から出るなって……」リアナは絶句した。「わたしは、西部に行かなくちゃいけないのよ」
「それは、そちらの都合だろう」
「デイミオン、そんな……」
「リアナ卿。これは王命だ」
「……」
反論をさえぎられ、リアナは説得をあきらめた。デイミオンがなにを意図しているにせよ、王命とあれば従わざるを得ない。
(どういうつもりなの? ……嫌がらせ? それとも……本当に、わたしのことを疑っているの?)
不安にかられ、デイミオンの視線の先をつい見てしまう。
劇はクライマックスにさしかかり、管弦の楽は世界の終わりのように重苦しいものとなった。王妃を抱きかかえた王と、その悲痛な調べ、手にもった長剣……
「アルナスル王は、妃を殺してしまったの?」
舞台を見てふと疑問になったリアナは、そう尋ねた。
「そうだ。アロミナが騎士と密通していると嘘を吹きこまれ、嫉妬に狂って、魔剣〈右手〉で妃を斬り殺した」
デイミオンは舞台のほうを向いたまま、よどみなく答えた。「剣を守護していた白竜は、
デイミオンの、そしてフィルバートの遠い祖先でもあるはずの、王の凶行。
「……」
自分で尋ねたものの、なんと返していいのかわからず、リアナはじっと舞台に目をそそいだ。竜術の炎があがり、死んだ妻を抱えた英雄王の悲嘆の歌を、赤くまばゆくいろどっていた。
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