第9話 デイと首飾り、そして首飾りにならなかった宝石


 秋になると、所領とのやりとりが忙しくなる。ほかの貴族たちとおなじように、デイミオンにも家長としての仕事が山積しているが、実際に領地にもどるかわりに領地の部下たちが報告をたずさえてやってくるのが常だ。

 そんなわけで、本来なら休日のはずの居住区はにぎやかだった。エクハリトス家からの遣いと、なじみの宝石商もちょうどやってきたところで、続き間になった仕事部屋には四、五人の男たちが出入りしていた。

 

 デイミオンは窓辺に立ち、桟の部分に背をあずけて報告を受けているところだった。事務官の報告する数字に間違いはないか、例年と違う部分は、あるいは数年にわたって変化のない部分はないかなどをチェックしている。

 そういう作業に頭の大部分を使ってはいたが、窓の外にもなぜか目をむけていた。事務官がいぶかしげな表情を浮かべるほどひんぱんに、そして書類以上に熱心に。


 事務官は首をかしげながら、自分も王とおなじあたりに目を向けてみた。

 王の居住区は城の最上部にあるから、眼下を眺めても、そこにあるのははるか下の地上部、手のひらくらいの大きさの赤茶けた練兵場だけだった。そこに爪の先くらいのサイズの竜と、小さな点にしか見えないライダーもいる。古竜と飛竜が混成してチームを作れるように、たがいを慣れさせようと訓練しているようだ。


「なにか……気になるものでもおありですか、陛下?」

 事務官がおそるおそる尋ねたが、黒竜の王はそっけなく「いや。べつに」と答えただけだった。



 ♢♦♢ 


 書面を作りなおさせているあいだに、今度は宝石商があらわれる。山羊革の袋をいくつか開いて見せていると、副家令がそこに割って入ってきた。となりに、秘書官のソリオをともなっている。


「ソリオ殿に手伝っていただき、目録の確認が終わりました」

 どちらも若い男に見えるが、副家令も秘書官も中年である。氏族の女性たちに貸し出していた宝飾品などを持ち帰ってもらうので、確認作業を頼んでいたのだった。

「リアナさまには贈与ぞうよなさっていなかったのですね」

 副家令は単に確認する口調だったが、デイミオンはとした。「贈与はしていた。出ていくときに、あいつが返していっただけだ」

「さようで」

 金髪を堅苦しく結った中年の副家令は、家長の機嫌をそこねないよう穏やかに受け流した。

「ところで……『ウォーターフォール』は持ち帰りますか? どなたか、お使いになる女性がおられますか?」

 家令の問いにデイミオンは思いあたらなかったが、ソリオが「近ぢか、観劇のもよおしがありますので。そこで、お妃候補となる方がおつけになる予定です」と答えた。そういえば、そんな話が出ていたかもしれない。

 『ウォーターフォール』は、エクハリトス家の代々の領主夫人が相続する、由緒ある首飾りだった。デイミオンや父イスタリオンの目に似た淡青のダイヤモンドで、そのまばゆい輝きから命名されている。結婚生活のあいだ、リアナも何度か身に着けたことがあったが、とにかく管理が厳重なので面倒くさがっていたっけ。『首がもげそうに重いわ』なんて冗談を言ったりして。自分も『シャンデリアを下げたみたいにまぶしいな』と返す……。

(無意味だ、こんな思い出は)

 デイミオンは首をふって、未練じみた雑念を追いはらった。


 副家令とソリオが観劇の打ち合わせに去ると、宝石商のほうに向きあった。かれが出してきたのは『蓮花玉』と俗に呼ばれる宝石だった。

「お探しになっていたものが、見つかりましたので……」と言う商人の言葉どおり、それはたしかに、デイミオンが命じて探させていたものだった。

 青玉サファイアの亜種には、まれに、めずらしいあけぼの色のものがある。オレンジがかったピンク色で美しく、またリアナの目の色とよく合う。

 希少な色だけあってほうぼう探しても多くは見つからず、デイミオンの手もとにあるのはやっと十個。

「二つあるのか」

「さようで。お手持ちのものの姉妹石があると噂を聞いて、探しておりました」

「……」

「十二個が揃いましたら首飾りになさる予定とうかがっておりましたが、いかがしましょう?」

「……首飾りはもういいんだ。必要がなくなった」

 デイミオンは首をふった。

 竜族の結婚である『つがいの誓い』は、十二年をひとつの節目とみなして祝う。その十二年目の祝いにリアナに贈るつもりで、この宝石を探していたのだった。だが……。

「では、おそれながらこちらで買い取りいたしましょうか? お求めになった時分より、ずいぶん値が上がったと思いますよ」

「……」

 デイミオンは、手持ちの蓮花玉を売ってしまうつもりだった。今日こうして宝石商のおとずれを許可したのもそのためだ。だが実際に宝石を目の前にすると、決心がゆらいだ。

 リアナはひとつも所領の宝石を持っていかなかったのだ。そのことで、かれは自分自身が拒否されているかのような怒りと傷つきをおぼえた。アーダルの贈り物を、レーデルルが無下にしたことがあるだろうか? それほどに、自分のプライドを傷つけたいと思っているのだろうか?

 ……もちろん実際には、必要がなかったから持って行かなかったのだろうし、氏族への遠慮があったのかもしれない。単に管理上の手間を嫌ったのかも。彼女の場合、これが一番ありそうな気がする。

 でも、曙色のこの宝石は、リアナにはまだ見せたことのないものだった。一度くらい、この美しい石を見せつけて、彼女を悔しがらせてもいいのではと思った。

 それで、やはり首飾りは仕立てさせることにした。自分がどれほど価値のあるものをふいにしたのか、思い知る機会があってもいいだろう。石はそれから売るなり譲るなりすればいい。


 デイミオンはその子どもじみた復讐を計画して、すこしばかり溜飲りゅういんを下げた。


 ♢♦♢


 宝石商が去っても室内には事務官たちがたむろしていたが、デイミオンはまだ窓の下を見ていた。豆粒ほどに小さいライダーたちが、竜とともにあちらこちらに散らばっている。

 ふだんと違うのは、白竜レーデルルと主人ライダーが訓練に参加している姿だった。戦闘にはまじらず、黒竜たちの炎が天候に影響しないように監視する程度のものではあったが、めずらしいことに違いはない。さらにその近くに、デイミオン自身の竜アーダルがくつろいで座っていた。

(なぜ、竜騎手団に入ったりなんかしたんだ)そう思って、また元妻への怒りが再燃する。案の定、雑用ばかりさせられているらしい。それだけでも腹立たしいが、ライダーたちのなかには彼女をよく思っていないものもいるはずで、嫌がらせがエスカレートしたらと思うと気が気ではない。


 イライラとそう考えていたが、ふと、現場の様子を〈呼ばい〉で探れることに思いいたった。アーダルの眼を使えば、ライダーたちやリアナの動きを、ここから監視できる。


 デイミオンは〈呼ばい〉の通路を使って、アーダルとの同期を強めた。彼我の境界があいまいとなり、竜の視界が、そのまま自分のものと重なる。室内の風景が薄れ、アーダルの見ているものが自分の視界に映し出される。練兵場。空。飛竜たちと、つがいの白竜。そして……


「アーダル、あなた、退屈なの?」


 からかうような快活な声に、デイミオンははっと身をすくめた。まさか、気づかれることはないと思うが。

 リアナが、アーダルのすぐ目の前に立って話しかけている。隊服の上に飛行用のショートケープをまとって。

「今日はずっとルルの横にいるじゃない? 退屈なのかしら? それとも、ルルに悪い虫がつかないか見張ってるのかしら」

 アーダルはつがいの主人に目を向けはしたが、あいさつがわりに鼻息を軽く吹きかけただけだった。リアナは目を細めて笑い、竜の鼻腔びこうを彼女の甘い匂いがくすぐった。……香水や香油とちがう、すぐに消え去ってしまう淡い体臭。デイミオンはその匂いを嗅いだ。

 目と目のあいだを掻いてやろうとしたらしいが届かなかったようで、リアナはアーダルの巨大な口もとに手をふれて撫でてやった。固い鱗には、そよ風が撫でた程度の感覚しか届かなかったが、デイミオンは思わず目をつぶった。


 白い手と、やわらかい肌の感触を思いだし、知らず頬が熱くなる。急にわきあがった嬉しさと恥ずかしさがアーダルにつたわり、やつはいぶかしい気配を送ってよこした。……俺の相棒は、いったいなにをやっているんだ? と困惑しているようだった。

(なにをやっているんだろうな、俺は)


 〈呼ばい〉にうといリアナには気づかれなくても、ハダルクあたりなら察知さっちしてもおかしくない。もうやめよう、と思ったところで「デイミオン」と名を呼ばれた。


 あまりにも驚いて「あ」と声を出してしまった。……とたんに後悔して口もとをおさえ、一瞬だけ室内にいる自分の感覚が戻った。

 だが、またアーダルのほうへ意識が引き寄せられる。かれに話しかけているリアナのほうへ。

 鼻口部にもたれるように上半身をのせ、目をとじて、優しく自分の名を呼ぶ。固い鱗とショートケープごしに、体温すらほとんどつたわらないというのに、デイミオンは体中が熱くなった。

「デイは……あなたの主人ライダーは元気? たまには一緒に飛んだりするの?」

 アーダルは答えなかったし、リアナも答えを期待してはいなかった。だが、デイミオンは内心で答えた。


(いいや)

(もう長いこと、アーダルには乗っていない。おまえを思いだすのが嫌なんだ。レーデルルのもとに戻るあいつを見たくないんだ。つがいがいないのが俺だけだから)


「あなたを見てると、デイが恋しくなるわ」

 スミレ色の目をひらき、ぽつりとこぼしたリアナに、竜のなかの男は激しく動揺した。

(なぜいまさら、そんなことを言うんだ)

 なにげない独り言を盗み聞きしているのは自分のほうなのに、言いようのない怒りにおそわれ、苦しくてたまらなかった。恋慕と嫉妬と、行き場のない庇護欲があいまって、胸のなかの嵐と吹き荒れていた。一歩まちがえば、たった一人愛する女性を傷つけかねないほどに。



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「リアナシリーズ」について

※※作者名の付記されていないサイトは無断転載です。作者名(西フロイデ)の表記がある投稿サイトでお読みください※※

作品を転載・加工・利用しないでください。Do not use/repost my works.

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