十二 密室の真相(1)
戸惑う藤巻執事を独り温室に残し、僕と先生はまたもや茂・咲子夫妻の殺されたあの部屋へとやって来ていた。
そして、冷たくなってからもう長いこと経つ咲子夫人の遺体を調べてみたのだが、案の定、その首の裏には薫君と同じ、ごくごく小さな赤い点を見つけることができた。
一昨日調べた時には見過ごしてしまったが、これほど小さなものでは、しかも、後髪のかかる
「やはり予想通りでしたね。やられました。これではよほど注意していない限り気づきませんからね。茂氏についてはもう調べようもないですが、彼の遺体にもおそらく同じ傷があったのでしょう。残念ながら、監察医の能力が低かったのか、解剖でも見過ごされましたね」
その白く透き通る咲子夫人の冷たい
「では、次に参りましょう」
夫人の遺体を調べ終わると、そのまま今度は梨花子さんの部屋へと向う。
ここでも横たえられたままになっている彼女の遺体を隈なく調べてみたのだが……いや、死体といえど若い女性なので、その描写は控えさせていただくが……ともかくも、こちらでは薫君や咲子夫人の場合と違い、そうしたものを見出すことはまるでできない。これも、先生の推理通りである。
「ここでは密室トリックも使えないので予想はしていたのですが……やはり、梨花子さんの場合だけは実際に青酸カリを飲ませたみたいですね」
「ですね……でも、彼女の時だけ、なんで殺害方法が別なんでしょうか?」
梨花子さんの時も、てっきりその注射器による方法で殺害されたのだと思い込んでいた僕は、その理由について先生に尋ねる。
「それなんですが、殺害方法だけでなく、茂氏、咲子夫人の場合は例の部屋を使っているのに対し、彼女だけは自室で殺しています。この殺害場所についても彼女は他の二人と違っていますね。薫君の場合もまあそうなんですが、彼はそもそも犯人として自殺させたので、別に現場を密室にする必要性はありませんからね。でも、梨花子さんの場合は違います。密室にする必要があったにも関わらず、あの部屋を使わなかった……つまり、殺害方法・殺害現場の両方で異質なのは梨花子さんだけなんです」
「どうして彼女だけ違うんでしょう? ただ単に僕らが現場を封印して、あの部屋が使えなくなったからですか?」
質問したのにますますその疑問を大きくされてしまい、僕は重ねて先生に尋ねる。
「まあ、それもあるでしょうが……一つには、やはり薫君を容疑者にするためという目的があったのでしょう。ほら、例の睡眠薬によるあれです。でもそればかりでなく、御林君も前に言っていたように、彼女の場合は何か突発的な理由で殺さなければならなくなったんじゃないですかね」
「突発的な理由?」
「ええ。初めから殺害計画には入っていなかったのですが、何か、彼女も殺さなければならないようなことが起こってしまった……いや、彼女の時ばかりでなく、二度目の咲子夫人の場合も、当初の犯人の目的からすれば矛盾があります。最初は茂氏を自殺に見せかけたにも関わらず、もう一度あの部屋を使うことによって、今度は彼も誰かに殺されたのだと教えています。この一貫性のない動き、これはおそらく犯人がなんらかの理由によって、途中で計画を変えたためではないですかね」
「計画を変えた?」
「はい。そして、そのなんらかの理由というのはたぶん、梨花子さんと同じく咲子夫人も後から殺さなければならないと犯人が思うようになったため……それから、薫君に罪をなすりつけるという良い方法をその犯人が思いついたためです」
まだ、わからないことだらけではあるが、この事件全体の輪郭が、ようやく、だんだんと見え始めてきた……。
そのことに、僕の背中にはつうっと冷たい汗が一筋、流れて落ちる。
「――先生ーっ! 秋津先生ーい!」
と、そこへ、廊下の方から藤巻執事の声が聞こえてくる。
おそらくは、律儀にも先生の指令通りに事件現場の写真を撮り終わり、彼を放ったらかしにいなくなった僕らを探しに来たのだろう。
「おお、そういえば忘れていました」
その不憫な執事のことをどうやら失念していたらしい先生と僕は、梨花子さんの部屋を出るとその声のする方へと向った。
「ああ、秋津先生! うまく撮れたかどうかはわかりませんが、一応、撮影はすみました」
カメラを持った藤巻執事は僕らの姿を見つけると、そう言いいながら早足でこちらへやってくる。やっぱり、律儀で仕事熱心ないい人である。
「いやあ、どうもありがとうございました。毎度のことながらいろいろと助かります」
そんな執事に、僕らは並んで頭を下げる。
「い、いえ、とんでもございません。私めの働きなどそんな誉められたようなものでは……ああ、そうそう! そうでございました。先生も御林様も朝食がまだでございましたね。朝食も抜きにしてのお仕事、さぞかしお腹も空かれたことでしょう。少々朝食には遅くなりましたが、続きはまたお食事をなさってからということにしては?」
急に誉められた藤巻執事は、やや狼狽気味に照れた後、思い出したかのように食事を勧める。
「そういえば確かにお腹ぺこぺこ気味ですね。じゃ、御林君、事件のこともおおよそわかってきたことですし、後は食事をいただいてからにしましょう」
「はあ……」
僕としてはまだまだ〝おおよそわかって〟などいないのであるが、そう言う先生と執事に促され、とりあえずは遅めの朝食をとることにした――。
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