九 秘密の手紙(3)

「――なるほど。それが薫君の抱えていた秘密ですかあ……」


 早く先生に知らせなくてはという焦りから、うまく説明ができていたかどうかわからないけれど、とにかく僕はさっき見てしまった手紙と血液検査の書類のことを先生に伝えた。


「では、その〝例の検査結果〟というのは、どうやら茂・咲子夫妻の血液検査のことらしいのですね?」


 ぼんやりと、どこかを見つめながら先生が問う。


「はい。僕が見たところでは……やっぱり、薫君はその血液型から自分が茂氏の子供ではないことを知ったのでしょうか?」


「おそらくは。よく親子鑑定に使われる方法ですからね。きっと健康検査だとかなんとか騙して、二人から血を採ったのでしょう。確認しないといけませんが、たぶん薫君はO型なんじゃないですかね? AやABならば、調べるまでもなく明らかに親子じゃないことがわかりますが、もしも両親ともBOだった場合、O型の子供が生まれても不思議はありません。そのことを確かめるために、薫君は両親の血液検査を依頼したんじゃないでしょうか」


 なるほど……そして、その疑念は見事に的中してしまったわけだ。


「でも、手紙の内容からして、その検査をするにあたっては桜子さんに協力を求めたように受け取れますが、どどうして桜子さんなんですかね? 何か理由でもあるんでしょうか?」


「ああ、それならたぶん、桜子さんが以前、遠縁のお医者さんの家に下宿して、医学の道を志したことがあるからじゃないですかね。そのツテかなんかを頼ったとか」


 素朴な先生の質問に、僕は昨日、怪我の治療をしてもらった時に彼女から聞いた話を思い出す。


「え、そうなのですか? それは初耳です。なるほど。そうでしたかあ……でもそうすると、桜子さんも薫君と茂氏の関係について知っていたんですかね?」


「いや、どうですかね? 前に梨花子さんがその話をしてた時、桜子さんは知らないような感じでしたけど。薫君が書いてたことからしても、さっき彼が部屋に置いていったあの手紙を見て、桜子さんは初めてそのことを知るんじゃないでしょうか? まあ、薄々は気づいていたかもしれないですが……」


 別に彼女だけをえこひいきするわけではないが、なぜか桜子さんを擁護せねばならない気がして、僕はそう反論をする。


「うーん。そうですかあ……」


 だが、何を思ったのか先生は、またいつものように唸って考え込んでしまった。


「とにかく! 薫君が茂氏と実の親子でなかったというのもそうですが、それよりももっと重大なのは、薫君の実の父親が、茂・咲子夫妻に殺されたのかもしれないって話ですよ! しかも、薫君はそのことで少なからず両親に恨みを抱いていた……これはもう完全に殺す動機になります。動機もあり、唯一、密室トリックを行える人物となれば、あの二人を殺した犯人はどう考えても薫君で決まりですよ! さらに梨花子さんの時にも、藤巻さん以外で青酸カリを入れるチャンスのあったのは薫君だけです!」


「うーん……確かに今一番怪しいのは薫君に違いありませんね。でも、それではまだどうにもしっくりこないんですよねえ」


「え? どこがですか?」


「いえ、はっきりとしたことは言えないのですが……例えば、茂・咲子夫婦の場合はともかくとして、梨花子さんに対しては薫君に殺害する動機が見当たりません」

 

「そう言われてみれば……で、でも、それは何か突発的な事情じゃなかったんでしょうか? 例えば、犯行の現場を目撃されたとか、犯人である証拠を発見されたとか。梨花子さんも柾樹さんばかりでなく、薫君の方にも疑いの目を向けていたようですから」


「まあ、そういうこともあるかもしれませんが……いずれにしろ、まだいろいろと確認しなければならないことはあります。茂・咲子夫妻にどう青酸カリを飲ませたのかってのもありますし、薫君の血液型とか、本当に彼の実の父親が茂・咲子夫妻に殺されたのかってことについても……ところで、御林君。君はさっき、その手紙にはまだ続きがあったようなことを言っていましたが、他には何が書いてあったのですか?」


 なんだかはっきりとしない答え方をした後、先生はふと思い出したかのように、そんな質問を僕に投げかける。動揺のあまりよくは憶えていないのだが、そういえばさっき、そんな風に説明したような気もする。


「ああ、そうそう! そうでした。薫君の手紙にはまだ続きがあったんですよ。なんか、不開あかずの間の秘密がどうのこうのとかいう……」


不開あかずの間の秘密?」


 いつも通りの声の調子だが、なぜだか先生はその言葉に食いついてくる。


「詳しく教えてください。その秘密ってのはどういうものなんですか?」


「え? あ、はい…あ、いや、詳しいことは書いてなかったんですが、ただ僕も不開あかずの間の秘密を知っているだとか、何かを見ただとか。あと、桜子さんもそれを知っているんだとか……」


 僕は手紙の文面を思い出しつつ内容を伝えたのだが、桜子さんの名を口にしたところで、それ以上説明するのを躊躇した。


 確かその文末には、桜子さんにも迷惑がかかるので、このことは二人だけの秘密にしておくとかなんとか書かれていたように思う。ならば、やっぱり話してはいけないような、そんな感じがしたのだ。


「桜子さんも? ……そうですかあ。不開あかずの間、気になりますねえ」


 だが、もう時すでに遅く、先生は耳聡く僕の言葉を捉えている。


「よし。それじゃあ今から調べに行ってみましょう。その不開あかずの間へ」


「えっ? 今からですか?」


 そして、先生の突然の思いつきによって、僕らは不開あかずの間へと向ったのである。


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