十一 夜魔
十一 夜魔(1)
「――ああ、お帰り……ん? どうしたんだい? そんな怖い顔して」
「お腹でも痛いの? もしかして風邪でもひいた?」
ペンションに戻ると、食堂で夕食の支度をしていたオーナー夫婦が、険しい俺の顔を見てそう声をかけた。
「あの二人は……玉川浅三郎さんと千代さんはどこにいますか? 駐車場に車がありました。まだここにいるはずですよね?」
だが、俺はそれを無視し、単刀直入にあの初老の夫婦の所在を尋ねる。
見たところ、今夜は他に宿泊客はいないらしい……こちらにとっては好都合だ。
「なぜ、君までその名前を……」
俺のその質問にオーナー夫婦は目を大きく見開き、明らかに驚きの表情を見せている。
「君
思わず旦那さんの呟いた言葉尻を捕え、これまで吐いていた嘘を責めるようにさらに畳みかける。
いや、たとえ口を滑らさずとも、ペンションの脇にはほたるの緑色の自転車が停めてあった。彼女が息を引き取る前にここへ来ていたのは明白の事実だ。
「そ、それは……い、いや、知らないふりなんかしてないよ? た、確かに僕らは玉川さんからこの建物を借りてるけど、そんなプライベートなことまでは……シラコのウワサと玉川さんが関係あるなんてのも初耳だよ」
「プライベートって……やっぱり事情を知ってるんじゃないですか! まだ知らないふりをするつもりなんですか? どうしてそんな隠し立てを…」
それでもボロを出しながらシラを切り通そうとするオーナーに、俺がますます声を荒げたその時。
「もういいよ、岡谷君。すまない、君らにはずいぶんと迷惑をかけたね」
不意に背後で、低いがよく通る男性の声がした。
「…………改めまして。こんばんは、玉川さん」
振り返ると、廊下にはこのペンションに宿泊し、真人の葬儀で出会ったあの初老の夫婦が並んで立っていた。
「岡谷君達にはね、〝シラコ〟の話を聞きに来る者がいても、知らぬ存ぜぬで通してくれるよう頼んでおいたんだよ。本当に詳しい事情は知らん。家主である上に、元上司の私に逆らえなかったが故のことだ。どうか彼らを責めないでやってくれ」
「いいえ、そんな……」
俺の皮肉を込めた挨拶に答える代わりとして、大柄な旦那さんの方――ひなたの父親がオーナー夫婦をそう言って擁護すると、二人は手を前に突き出し、フルフルと首を横に振ってそれを辞する。
「ここで立ち話をするのもなんだ……君に見せたいものがある。ついて来てくれ」
続いて、ひなたの父親は俺をどこかへ案内しようと、こちらに大きな背を向けて奥さんとともに歩き出した。
「…………」
無論、どこへ連れて行かれるのかと恐ろしさを感じずにはおれなかったが、ここまできて今さらであるし、俺も黙ってその後に続く。
だが、すっかり外へ出るものと思い込んでいた俺の予想に反して、向かったのはここ数日、ずっとご厄介になっているこの建物の二階だった。
一階ではないので、自分達の部屋とも違うようだが……と訝っていると、階段を登った二人は俺の泊まっている部屋の左どなりにあるドアの前で立ち止まり、ポケットから取り出した古めかしい鍵でその扉を開ける。
「さあ、君も入りたまえ」
「…………ここは!?」
先に入り、そう俺を誘う両親の声に従って足を踏み入れたその場所は、女の子らしい薄ピンク色の壁紙の貼られた、少し埃っぽい空気に満たされる部屋だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます