九 心霊所(3)

 診療所を出た後、昼飯がまだだったことに気づいた俺達は、役場前にある村唯一のコンビニ「NOWSON」で弁当を買い、この前も使った公園のベンチに腰を落ち着かせると、先刻、須坂先生に聞いた話を思い出しながら、お互い黙って遅めの昼食をとった。


「――あのオーナーさん達、ひなたちゃんのお父さんお母さんじゃなかったんだね」


 信州限定「ガレット・ピタサンド」を食べ終えたほたるが、俯いて地面を這うアリを見つめながら、ぽつりと呟く。


「ああ…ゴクン……どうにもそんな感じしなかったもんな。むしろそれ聞いて納得したよ……でも、本当の両親の方はマトンの葬式の場にいたなんて……これはもう一度、マトンに線香あげがてら飯田家に行ってみないといけないみたいだな」


 同じくご当地限定商品の「ジビエ鹿カツ丼」をすでに食べ終えていた俺は、ペットボトルのお茶を一口飲んでから、先程来、ずっと気になっていたことを確かめるべく、そんな言葉で次なる目的地を告げた。


 なぜ、真人の葬儀に出席していたのか? それが知りたい……。


 あいつと顔見知りだったのか、それとも、ただ家の関係で来ていただけなのか……もしも、真人が知り合いだったとしたら、ひょっとして、あいつはひなたの両親に本当のことを……。


 それを、ひなたの両親に会う前に確めておきたい。


「ごめん。うちもちょっと気になることがあるから、それを調べに行きたいんだぁ……」


 だが、ほたるは何か思案しているような様子で、俺の提案に首を横に振った。


「なんだよ、その気になることって?」


「うーん……ごめん。今はまだ言えないや。ほんとにそうかわからないのに、変なこと言ってシュウくんを混乱させちゃったら嫌だし」


 当然、俺はそれについて尋ねてみるが、ほたるは少し考えてから、それすらも答えることを拒否した。


「そっか……んじゃあ、こっからはしばらく別行動だな。夕方また落ち合おう。どこがいい?」


 ほんわかしているようでいて、意外とこいつも頑固なところがある。これ以上言っても教えてはくれないだろうと悟った俺は、そうして夕方までそれぞれ単独行動をすることにした。


「それじゃあ、5時にあのペンションの前ってことにしようかぁ。それならシュウくんも帰り楽だし、うちも都合いいし」


 今度の提案にはほたるも首を縦に振り、待ち合わせの時刻と場所をすぐに決める。


 みんな、あんなことになってしまった後だ。心配だし、帰りはほたるを送っていくつもりでいるが、まあ一度ペンションへ戻ってもいいだろう。それに合流した後、オーナー夫婦にひなたの両親のことを訊きにいくのにもそれなら好都合だ。


「じゃあ、また後で」


 そうと決まれば時間を惜しみ、ほたるは包み紙をくずかごに捨てると緑色の手提げ鞄にスマホなどをしまい込み、公園の出口に停めていた自転車の方へさっさと移動し始める。


「ホタル! 昼間だから大丈夫だとは思うが、くれぐれも気をつけろよ! 何があるかわからないからな~!」


 俺も空になった弁当のプラ容器をくずかごへ放り投げ、先を越されたほたるに向かって大声でそう注意した。


 やはり死後も日光に弱いのか? これまでを振り返ってみると、みんな命を落としたのは夜間のことである。なので、日のある内は心配いらないとは思うのだが、それでも用心に越したことはない。


「う~ん! わかったぁ~! シュウくんもねぇ~!」


 ちゃんとわかっているのかいないのか? ほたるは笑顔で大きく手を振って、俺の言葉にそう答えながら遠ざかってゆく。


「さて、俺も行くか……」


 そんなほたるを見送ってから俺もレンタサイクルに跨ると、独り、真人の家へ向けて出発した――。

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