九 心霊所(2)
「見るとつらいことを思い出してしまったんだろうな。あの一件以来、少女のご両親も別荘へ避暑に来ることはなくなっていたんだが、時間の流れが心の傷を癒してくれたのか、君の言う通り二年前に別荘をペンションとして使うようになったんだよ。それで、ご両親が再びこの尾茂井沢村を訪れるようになったら、時を同じくしてあの白い肌の少女の霊を見たという話も立ち始めた」
「それってつまり、ご両親に会いたくて現れたってことですかあ!?」
先生の話に何かを察し、今度はほたるが合いの手を入れる。
「まあ、そう考えれば筋は通るわなあ。会いたかったのか、それとも何かを伝えたかったのか……やがて、その幽霊の目撃情報に、君らのように当時のことを知る者の朧げな記憶や、わしの要らぬ説教なんかが合わさって、今話されているような〝シラコ〟のウワサができあがっていった……ま、そんなところじゃないかとわしは思うの」
「………………」
しばし黙って、俺は先生の語った仮説を自分なりに咀嚼してみる。
……なるほど。確かにそれなら時系列的に筋は通っている。だから、二年前だったのか……原因は別荘そのものではなく、その持ち主である両親の方にあったのだ……。
また、〝アルビノ〟のことは先程の通りだろうし、先生の言うように俺達と同世代の村の人間が、ぼんやり憶えていた「湖畔の別荘に出る少女の幽霊」のウワサを無意識に吹き込んだ可能性は充分にありうる。そもそも〝シラコ〟という単純なネーミングや、「会うと呪い殺される」なんていういかにもな設定は俺達の頃のまんまだ。
……しかし、そうなると、やっぱりあのオーナー夫婦がひなたの両親ってことになるのか……どうにもそんな風には思えないんだが……。
「あの、それじゃあ、あのペンションのオーナー夫婦がひな…その女の子のご両親ってことなんでしょうか? じつは俺、今、そのペンションに泊まってるんですが……」
どうしてもその二つの人物像が俺の中で結びつかず、思わず「ひなた」の名を口に出してしまいそうになりながら、俺はそのことも勢いのまま先生に尋ねてみた。
「ほお、あそこに泊まっているのかね? それはまた奇遇な……だが、違う違う。あのオーナー夫婦はただ別荘を借りているだけだ。あの子のご両親じゃない」
ところが、またしても事情通の先生は、俺達の予想を裏切る驚くべきことを言い始める。
「え? あの夫婦が両親じゃないんですか!?」
「別荘の持ち主である少女の両親は
……そうか。うっかりしていた。あの別荘でペンションをやっているからって、その持ち主とは限らないのだ……固定観念にとらわれてしまっていたが、反面、俺の感じた印象は間違いではなかったということか……。
それに、オーナー夫婦がひなたの両親ではなかったとしても、別荘を借りている上にもと上司という間柄なのだから、当然、あの二人に訊けば両親のことがわかるだろう……そして、連絡をとってもらえば、直に会うことだって……。
「でも、そうすると、さっきのお話と矛盾しちゃうようなぁ……お父さんお母さんは村に来てなかったわけだしぃ……」
しかし、納得するとともに一縷の希望を見出す俺の傍らで、その矛盾点に気づいたほたるがおそるおそるそれを指摘する。
「ああ、そのことか。いや、ご両親もそれからはまた、避暑のためにもと別荘のペンションへ泊まりにくるようになったんだよ。夏にだけ少女の霊が出るというウワサも、おそらくはそのためだろうな……あ、そうそう。この前の飯田君の葬儀の時も見えていたよ」
すると、先生はその疑問を一蹴し、けして矛盾のないことを補足説明してみせるのだったが、思い出したかのように気になる一言を付け加えた。
「えっ! マトンの葬儀にも来てたんですか!?」
両親も再び村を訪れるようになったというのも重大な情報だったが、俺はそれよりもそっちの方に驚きの声を上げた。
それじゃあ、俺達はニアミスしていたってことか……参列者は大勢いたので、須坂先生が来ていたことにも気づかなかったが、あの中にひなたの父親と母親もいたっていうのか……。
そうと知っていれば…いや、知っていたとしてもあの時は記憶を取り戻していなかったのだが、会ってひなたのことを謝罪したかった……すごく怖いけど……そして、今さらだろうけれども、俺は二人に謝らなければならないのだ……ひなたの怨念を払うためにも……死んだみんなのためにも……。
知らなかったとはいえ、すぐ近くに彼女のご両親がいたという事実に衝撃を覚え、会うことへの怖ろしさを感じながらも、同時に会わねばならないという決意を俺は改めて固める。
……ん? でも、なんで真人の葬儀に来てたんだ? あいつとなんか関係があったのか? それとも親の方か?
だが、その内にふと、スルーしそうになっていたそんな疑問が今度は頭を過る。
「じゃあ、そのご両親は真人とも面識があったんですか?」
「さあて。あれだけの参列者だ。姿を見かけただけで挨拶もしなかったからなあ。本人じゃなく、家の方の付き合いかもしれん。なにせ、飯田家はこの村の名家だからな」
その疑問についても尋ねてみたが、先生は天井を見上げると考え込み、そこまで詳しいことは知らない様子だった。
「ところで、どうして幽霊のウワサなんてものに興味をもったのかは知らんが、もし飯田君をはじめとした友人達の死に、あの少女の霊が関わってるなどと考えているのだとすれば大きな間違いだ」
その代わりに先生は、続けてそんな、俺達の心を見透かしてでもいるかのような忠告を口にする。
「ウワサはあくまでもウワサ。わしは実際に生前の彼女を見ておるが、あの健気で優しい女の子が、たとえ幽霊になったとしても人を呪い殺すなんてことは考えられん。このあまりに理不尽な不幸の連続を受け入れがたい気持ちはわからんでもないがな。それでも、それを現実として受け止め、しっかり前を向いて生きていかねばならんぞ?」
「はい。わかってます。ただ少し気になっただけで、僕らもそこまで考えてないんで安心してください」
そのお説教に、俺は先生から目を逸らすと心配させないよう、素直に聞くふりをして嘘を答えた。
先生の言うことは常識的で至極もっともなことなのだろうが、そこには一つ、大きなパーツが欠けている……その少女――ひなたを死に追いやった原因は、俺達にあるのだという隠された真実が……。
「それじゃ、今日はどうもありがとうございました」
「ありがとうございましたぁ」
「ああ、またいつでも遊びに来るといい。なんなら注射の1、2本、ついでに打ってやるぞ? ハハハ…」
それから俺達は別れの挨拶を告げると、先生の医者ジョークに見送られながら診療所を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます